金剛禅総本山少林寺

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心に根ざす金剛禅

心に根ざす金剛禅

金剛禅総本山少林寺では隔月で広報誌「あ・うん」を発行しております。その中の投稿記事「一期一笑」をご紹介させていただきます。金剛禅を修行する門信徒や関係者の心温まるエピソードをご覧ください。

 

 少林寺拳法に出会って11年。思い起こせば、息子が小学3年生の時に「友達と一緒に少林寺拳法をやりたい!」と言い出したのが全ての始まりでした。当時私は、少林寺拳法は武道の一種という程度の知識しかなく、「男子たる者、武道を経験するのもいいことだ。」くらいの考えでおりました。息子の送迎から始まり、保護者として道院の行事にも関わるようになりました。ある時、毎年恒例の福島桑折道院キャンプの席で、齋野道院長から入門を勧められ、酔った勢いで快諾したら、翌日には既に拳法着が用意されていたという不思議な出来事を今でも忘れられません。娘も道場の片隅で遊んでいるうちに、「私も拳法やるっ!」と言い出し、いつしか親子3人で修行するようになりました。現在は、息子も娘も休眠しておりますが、おかげさまで息子は今年の春、医療大学を卒業し、病院のリハビリテーションの作業療法士として就職することが出来ました。作業療法士とは、食事、入浴、着替えなど、患者さんの日常生活に関わる全ての活動を介助し、患者さんが日常生活の訓練を通して社会とのつながりを作っていくことを支援する仕事です。
 超高齢化社会により社会とのつながりを維持できなくなる人は、今後ますます増えていくでしょう。そんな人々に寄り添い、励まし、社会復帰の手助けをする仕事に必要なものは、作業療法士の技術を「力」とするなら、患者さんへの支援は「愛」であり、まさに「力愛不二」の実践なのかもしれません。また、その実践の中には、金剛禅の目指す「自己確立」と「自他共楽」の教えが重なっていると思います。彼が17歳でその道を志し、途中で投げ出さずにここまでこれたのは、少林寺拳法を経験して、彼の考え方の根底に金剛禅の教えがあったからではないでしょうか。以前、進路について私は彼に「自分の仕事によって人からありがとうと感謝されるような仕事に就きなさい。」とだけ伝えたことがあります。結果的に間違ってはいなかったのかなと思います。
 そして、道院に一人残された私は、今でも齋野道院長先生をはじめ、良き先生方のもと楽しく修行しています。当時幼かった子供たちの入門により少林寺拳法とのつながりを持たせてくれた「架け橋」を大切にし、これからも福島桑折道院で金剛禅の修行を楽しんでいきたいと思います。
(福島桑折道院 仲野 剛)

ストレスは成長のチャンス?

ストレスは成長のチャンス?

【開祖、宗道臣語録より】
 能力が最初からあるやつなんてのはね、少ないんだ。ほとんどは努力でいくんです。やらん先にあきらめるな。

 ストレスという言葉があります。もともとは工学の世界で、物体に力を加えた時に、物体がその力に対抗しようとする力が生まれ、この応力がストレスなのだそうです。
 考えてみると人間は必ず何かのストレスにさらされていることに気づきます。暑さ、寒さ、空腹、病気、ウィルス、望まない人間関係、動けば疲れる・・・。釈尊(お釈迦さま)が「人生は本質的に苦である」といったのも解かるような気がします。しかし人間は、それらのストレスと向き合い、対処してきたのも事実です。寒いときには暖かい衣類や暖房、病気やウィルスに対しては、長い進化の歴史の中である程度の抵抗力を持っています。人間関係もなんとか対処していますよね。そう努力することで克服してきましたし、自然に対処する力が備わっています。
 みなさんも思い出してみてください。一度乗り越えたストレス(困難、問題)はもうストレスと感じません。乗り越えた時に「成長」していますよね。そう考えるとストレスは成長させてもらえるチャンスかもしれません。「やらん先にあきらめず、努力でいくんです。」

【注意】体調を崩すほどのストレスを感じているのでしたら、すぐに専門家や信頼のおける人に相談してください。ここでは軽いストレス状態のことを取り上げており、対処しきれない状態の方にエールを送っている訳ではございません。

【ヒント】ストレス状態がなかなか打開できずにいる場合は、体を動かしてみてはいかがでしょう。体を動かせばストレスになりますが、その後休めば必ずリラックス出来ます。解決のヒラメキはリラックスの時に訪れやすいです。種々のストレス改善に、運動後のリラックスを活用しましょう。(ぜひお近くの道院にお越しください。)

共通の目標

共通の目標

【開祖、宗道臣語録より】
 大勢の人が寄り集まって一緒に仕事をしていると、何もかもが一致するなんてありえない。でもどこかで共通点、しかも極力いい方の一致点を見出し、そこへ向けて皆が力を合わせていくようにしたら、もっと楽しく気持ちのいい職場がつくれるはずです。(1975年1月)

 職場とか地域、クラス、サークル等何らかのグループは複数の人々が集まって成り立っています。おのおのは、育った環境もそれぞれ違いますし、年齢、性別、癖、性格等も全て違っています。そのため同じグループであっても、ともすれば全員がそれぞれの考えで、異なった行動をしてしまい、バラバラになる恐れも当然あるでしょう。その中で協力して取り組むことが楽しい場合もあれば、全く逆に、皆のために努力することや、同じグループにいること自体が苦痛な時もあります。一体この違いはどこからくるのでしょうか。
 いろいろな理由があると思いますが、例えばその一つに開祖の言う「極力いい方の一致点」があるのかもしれません。
 職場の上司や、先生、コーチに「力を合わせて協力しろ」「仲良くしろ」と言われることは多いと思います。しかしそれを解ってはいても、なかなか実行に移せないことがままあります。こんな時、共通の目的や目標(一致点)があれば、自然と全員が同じ方向に向けることがあるのではないでしょうか。ゴールが同じになれば、グループ内で互いが相手を打ち負かそうと思ったり、傷つけたり、苦しめたりすることはほとんど無くなるはずです。意見が対立しても、戦うのではなく、より優れた答えを導き出そうと努力する方向に力が向かうはずです。
 こうなるとわざわざ相手と理解し合う努力をせずとも、自然と全員が納得し、共通の目標に向けて最高の協力体制ができると思います。そんな協力体制でみんなが力を出し合っていると、その過程でお互いが理解し合え、その理解は相手の欠点を見るのではなく、長所を認める理解につながることでしょう。
 全員で同じ目的・目標を持てるよう工夫してみてください。大きな目的も大事ですが、最初は具体的な目標のほうが取り組みやすいかもしれません。
 毎日そんな環境で過ごせたなら、楽しく気持ちいいに違いありません。
 Let’s“同じ目標”!

挑戦「小さなチャレンジ」

挑戦「小さなチャレンジ」

【開祖、宗道臣語録より】
 自分から何事かに挑戦する意欲のかけらもないのもいる。(中略)実際の年齢が40だろうが50だろうがかまいません。物事を本気で取り組める若々しい心、行動力を持つ人達が出てくること、私は本当に期待したい。(1973年8月)

 よく「失敗が人を成長させる」とか「成功こそ成長させる」という事を聞きます。どちらが正しいのでしょうか?条件付きになりますがどちらも正しいと思います。失敗してもくじけず、努力をつづけるなら必ず成長するでしょう。また成功体験は非常に大きな自信となり、あなたを成長させてくれることは間違いありません。しかしそのことに慢心してしまえば、新たな成長が止まってしまい、大きな失敗につながるかもしれません。
 どちらも成長につながるのであれば、大切なことは「失敗」か「成功」かではなく、「挑戦」したことこそが、大切なのではないでしょうか?
 どんな些細な事でも構わないと思います。今までできていなかったことや、できていてることでもあらためて意識し目標を定めたり、出来る範囲で小さなチャレンジをしてみませんか。
 達成できるまでチャレンジ、達成できれば新たなチャレンジ!
 チャレンジの連続があなたの成長につながり、本当の豊かな生活を与えてくれると信じます。

 何もチャレンジしないあなたには、大きな変化は起こらないかもしれません。しかしチャレンジを続けるあなたには、達成させるような何かが起こる可能性が高くなることでしょう。ダーマは個々の関係性に働きかけ、影響を与えます。あなたのチャレンジが正しいものなら、必ずや良い変化が訪れることでしょう。

自分を「幸せ」にする方法

自分を「幸せ」にする方法

【開祖、宗道臣語録より】
自他共楽・・・他人と一緒に楽しもう、「幸せ」になろうではではないか、という考え方です。(中略)少なくとも社会に何かを奉仕することを考えようではないか。(1969年10月)

 新しい年度がはじまりました。希望を胸に新しい生活をはじめた方も多いでしょう。また、今までと同じ環境で頑張る人、異動等で環境が変わる人、中には就職活動中の方もいらっしゃるかもしれません。今回は就職活動している方へのエールを通してどのように考えて頑張れば、より幸せを感じることができるかを考えてみましょう。すでに社会人の方は「そうそう、あの時このことがわかっていなかったなぁ」と思えるかもしれません。全ての方にこの内容が少しでもお役に立てれば幸いです。
 就活中のみなさん今「自分は◯◯に就職したい」「自分はどこに就職できるか」と考えていませんか?少し視点を変えて「企業はどのような人材を採用したいか?」と考えてみましょう。「優秀な人材」であることは間違いないです。では「どのような人材が優秀なのか?」。企業には必ず理念があります。多くの場合その企業が提供する財やサービスで「社会に貢献する」となっています(またはそれに近いニュアンス)。企業や団体は「社会に貢献する場所」であることを理解してください。つまり他の誰かを笑顔にして、その笑顔を見て自分も笑顔になる。企業は誰かを笑顔にする手段にそれぞれ特徴があるだけなのです。
 おわかりいただけたと思います。「優秀な人材」とは企業の理念を理解し、その実現に全力をそそぎ、成果(笑顔)を出してくれる人材です。企業の理念や特徴とあなたにとっての「喜び」「幸せ」が通じていれば採用される可能性は高くなると思います。(企業が専門知識を必要としているなら、その知識があることが前提となりますが。)
 私たちは「幸せになりたい」と常に思っていますが、殆どの人が「自分がどのようになれば幸せになるか」を理解しているわけではありません。明確に自分の幸せをイメージできる人は少ないかもしれません。しかし開祖の言うように「他人と一緒に楽しむ」「社会に奉仕する」を心がけていれば、いつかあなたにとっての幸せを感じる日が来ると信じてください。

金剛禅では「人は宇宙のはたらきの一つ」、つまり人や物質(個々)は一体である全体(宇宙)の一部と捉えています。私たちは自分以外との関係性の中でしか存在しません。だから自分だけが幸せになることはなく、周囲が幸せになったとき自分も幸せになっています。(ダーマは全体であり、個々もダーマであり、個々の関係性もダーマです。)

無理なく取り組むプラスα

無理なく取り組むプラスα

【開祖、宗道臣語録より】
自らの人格の変革、生き方の変革を通して、生きがいのある人生に挑戦してみたらどうだろう。(1972年9月)
※宗由貴師家のことば:変われる自分を信じなくちゃ新しい自分に出会えない。

 よく生命の進化の過程の話で「最も優れたものが生き残るのではなく、最も環境の変化に適応したものが生き残る。」と言われます。
 スキージャンプワールドカップの、最年長表彰台記録を更新し続けている葛西紀明選手も、「変化することを恐れないので続けてこれた」と大胆なフォームの改造にもチャレンジし続けているそうです。
 ここで「変化すること」について少し考えてみましょう。
 変化については釈尊(お釈迦様)も2,500年前に「諸行無常(この世のに存在する全てのものは常に変化し続けており、決して同じ状態で留まるものはない)」と説かれています。心や社会、物質も必ず変化しています。社会を見渡すと、今まで経験したことがないような気象が続いたり、電話の形態も携帯電話になりスマートフォンに変わっていることに気付きます。同様に、私たちの心や体も少しづつ変化していることでしょう。
 私たちが「自分を変える」と言ったとき、それは「より良く変わる」事を指します。しかし一念奮起して変化を目指しても、それに伴うストレスに耐え続け、困難を乗り越え、ついに自身を変革できる人はそう多くないかもしれません。(そのようにできれば素晴らしいですが。)
 やはり多くの人は、簡単に自分を変えることは出来ないのでしょうか。否、決してそんなことはないと我々は考えます。一日一日の変化はわずかでも、1年後、数年後に振り返るときっとその変化はあるはずです。
 大切なことは「習慣」を変えることではないでしょうか。無理なく取り組めるプラスαを作るのです。例えば、挨拶する声をいつもより大きくする。朝5分早く起きる。子どもの話は全部終わるまで聞く。少し意識をすればすぐにでもできることですし、習慣の継続に努力はわずかです。努力の薄紙を一枚一枚重ねていくがごとく、しかし今までしていなかったことを実行していくので、あなたの生活に確実に変化がおきて、将来においてあなたの生活を大きく変えて、幸福をより多く感じていることでしょう。

 「小さな変化」が「大きな結果」につながるのは、多くの人の感情や行動が複雑に関係しながら未来につながっていく。未来を作っているのも「ダーマ」のはたらきです。

なるようにする

なるようにする

【開祖、宗道臣語録より】
思うようにならない人生を、思うようにしたいと思うからいかんのであって、なるようにしたら、なるようになる。

 皆さんご存知のように大相撲初場所、琴奨菊関が優勝しました。多くのテレビや新聞のインタビューの中で、私達も見習わないといけない言葉がありました。「どうして優勝出来たと思いますか?」の質問に対し、「今までは勝とう勝とうとして思い通りにならなかったが、自分のやるべきことをしっかりやり土俵に望めば結果がついてきて自信ができた。それが良い結果につながったと思います。」(勝つためにあれこれと沢山のことを考え対応しようとしていたが上手くいかなかった。しかし自分の得意で自信のある「がぶりより」に磨きをかける練習し、本番では平常心を心がけると上手くいくようになった)とおっしゃっています。フィギュアスケートの羽生結弦選手も歴代最高得点をとったとき「とにかく一生懸命、きつい練習をこなしてきた。」と語っています。結果を求めるならそのプロセスに自信が持てるほどの努力が必要なのでしょう。
 仏教には「求不得苦」という教えがあり、求めても手にはいらない物があるのは、人間としてどうしようもない苦しみの一つとされています。もう一方で「因果の法則」というものがあります。これは結果にはそれ相応の原因が必ずあるという教えです。開祖はこのようなことをふまえて、「思うようにしようと思って、思っているだけやガムシャラに行動してもだめだ。でも目的に向かって正しい考え方と努力を積めば、それが十分に蓄えられたとき、なるようになる。」と言っています。
 目的や目標を掲げたならそれを達成するプロセスを考え実行することが大事なのではないでしょうか。

 「因果の法則」にあるあらゆる結果(現象・状態)は、多く原因が複雑に関係しながら導いている。この関係性そのものも「ダーマ」のはたらきです。

九転十起

九転十起

【開祖、宗道臣語録より】
 人生という物差しで見たら、5回失敗しようと10回頓挫しようと、どうということはないし、心を変えずにいたら、あるときポッと出来るかもしれない。(1974年3月)

 昨年は二人の日本人がノーベル賞を受賞され、その快挙がテレビや新聞で連日紹介されました。
 さて、その栄えある賞を受賞された医学・生理学賞の大村智さん、物理学賞の梶田隆章さんお二方に共通する事があります。それは、「光栄です。」と喜ばれてはいますが決して自慢はされていません。そして関係する方々への感謝の気持ちを必ず述べられています。(これは過去の受賞者全てに共通しているようです。)
 恐らく何年も何十年もの間、試行錯誤や失敗を繰り返し、気の遠くなるような努力を継続されてきたことでしょう。その研究を続けてこられた思いのひとつには、自分の研究がきっと「社会に貢献できる」という強い信念があったからこそ、皆からも支えられ、くじけず続けてこられたのだと思います。そんな信念に基づき(心を変えず)努力を続けてきたからこそ、(あるときポッと)それに報いるような研究成果にたどり着けるのでしょう。世界から賞賛されるのはあくまで結果なのです。
 これらの事には、私たち金剛禅が大切にし、広げようとしているものと合い通じることがたくさん含まれています。
●誰かを笑顔にする志(信念)を持つ
●志に向かって行動する
●何度失敗しようがへこたれない
●謙虚な姿勢で感謝の気持ちを持つ
 さあ2016年のはじまりです。今年は身近な誰かを笑顔にしてみませんか。笑顔が増えるほどあなた自身が楽しい気持ちになるでしょう。

正しい目標を持ち、努力していると、きっと努力が報われる気付きや、発見があります。これは思いや行動が未来や結果につながる「ダーマ」のはたらきがあるからです。

備考
●大村さんの開発した薬は3億人以上の方を失明の危険から救っているそうです。3億人の人々の不安を取り除き、笑顔をとどけているのです。
●梶田さんの発見したことは、宇宙の成り立ちという人類の謎を解き明かすことに役立つかもしれないそうです。将来科学者を目指す多くの人たちがワクワク、ドキドキしているかもしれません。

可能性の種子

可能性の種子

【開祖、宗道臣語録より】
人間は誰も「可能性の種子」として存在する。着実な日々の修練に加えた向上心があれば、そりゃ、多少の個人差がはあるにしても、人間というものは必ず進歩・前進していく。(1974年8月)

みなさんよくご存知の「ウサギとカメ」の寓話は、油断したウサギが競走に負けて、着実に進んだカメが勝つというお話です。
このお話には様々な教訓が含まれていますが、一つの捉え方に「相手を見ていたウサギ、目標を見ていたカメ」ということが言えます。そして私達金剛禅教団も、同じような考え方を大切にしています。少林寺拳法は勝敗を競う(相手を見る)ことはありません。どれだけ上達したか(目標を見る)に重点をおいています。言い方を変えると、「ライバルは昨日までの自分」です。
開祖は「可能性の種子」という言葉で私達一人ひとりが、必ず(幸福に向かって)進歩・前進していくことを示してくれています。誰もがその可能性を持ているのですが、しかしその可能性を開花させる人もいれば、残念ながらそうでない人もいることも事実です。
果たしてその差は、生まれ持った個人の能力差や才能の大きさなのでしょうか?
私たちは、その差を「可能性を信じている=目標を持ち、必ず達成すると信じ、行動している」かどうかだと考えます。将来の自分をしっかりイメージし、その実現を目標とし、少しづつでも昨日より前進しましょう。前進していることを実感できればそれはやりがいとなり、楽しく感じることができます。そして楽しいと周りに人が集まり、集まった人たちと目標を共有できれば、実現するのも時間の問題です。
さあ、みなさんも将来の自分を想像してみてください。「目標は将来の自分」と言えるならば「可能性の種子」はもう芽を出しています。

正しい目標を持ち、正しく努力していると、共感してくれる人がきっと現れ、仲間が増えます。これは自身の思いや行動が周囲と影響しあう「ダーマ」に惹きつけられ、より増幅するはたらきがあるからです。

あの人のために

あの人のために

【開祖、宗道臣語録より】
私は若いときに、「あの人のために」という、その気持ちがいちばん大事とわかった。それで一生懸命してあげる。それで相手が喜ぶ顔を見ると嬉しい。それだけでいいんで、相手からは何も望まない。けれども、結果として相手も自分のために一所懸命してくれる。(1976年10月)

 

人は誰でも将来の夢を持っており、またはそんな夢を持っていた時期があるはすです。ところが実際には、夢がかなう人とそうでない人がいます。
いつしか違うことに夢中になったり、目まぐるしい毎日からいつの間にか忘れてしまったり、また残念ながら途中で諦めてしまった人もいるかもしれません。しかし、何度くじけてもへこたれず、努力を続け、ついに実現した人もいます。この違いはいったいどこにあるのでしょうか?
こんなことがいえるかもしれません。“自分のための夢にとどまらず、自分以外の『人のため』になるより大きな夢を持つことで、その実現する力も大きくなる。”
例えば「将来お医者さんになりたい」より「将来お医者さんになって、病気の人を治して喜んでもらいたい」の方が、目指していることが具体的に『人のため』になっています。自分以外の誰かのために頑張るとき、くじけることはできません。そしてこのようなときこそ人は本当に成長し、強くなるのです。
自分の努力に対して見返りを求めず、相手の嬉しそうな笑顔を見るためだけに頑張ることができる人。そんな人の周りには必ず自分と同じような人が集まります。互いに見返りを求めず応援し合い、頑張りあえ、くじけそうな時もともに乗り越えられる、そんな「夢が実現しやすい」環境が自然と生まれるのです。
自分の人生を幸福にできる可能性がこんなところにもあります。是非将来のことを考えるとき、自分だけでない、ほかの誰かが笑顔になるところまで想像してください。子どもたちであっても決して難しいことではありません。「自分にできる、みんなを笑顔にできる」というところまで導いてあげてください。

誰かを幸福にすると、結果自分が幸福になる。自分の幸福を求めても、なかなか幸福になれない。これは自身の思いや行動が、周囲と影響しあう「ダーマ」のはたらきに、人の思いの強さに併せて増幅したり、それが自分に返ってきたりする習性があるからと我々は信じています。