金剛禅総本山少林寺

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仕合わせ

仕合わせ

【開祖、宗道臣語録より】
今では、「しあわせ」を「幸せ」と幸の字を使うが、以前は、「仕え合う」という意味で「仕合わせ」と書いていた。「しあわせ」とは、仕え合う、与え合う、そういう気持ち、あり方をいうのではないか。人間らしい人間なら、それが本当だと私は思います。そして、それがわれわれの考え方である。(1966年10月)

「仕合わせ」という言葉には、「めぐりあわせがよいこと」「めぐりあわせ」「事の次第・結末」という意味があるようです。「しあわせ」は偶然の出会いからはじまり、または出会いそのもの、もしくはその出会いの結果が「しあわせなこと」につながるのではないでしょうか。

開祖はそのうえで「仕え合う」「与え合う」ことが人間らしい行動で、その行為を通じて「しあわせ」になることが、金剛禅の考え方だと説いています。

自分の財産・所有物の一部を分け与えたり、または自分の能力を人や社会のために発揮する。逆に、自分にないものは分けてもらい、自分にできない事は手伝ってもらう。そんな関係の中で生きていけることは、とても「しあわせ」だと思いませんか。自分のものは大切にしまっておいて、いただくことばかりになっていませんか。それは互いに「仕え合う」ことができていない状態であり、つまりは「しあわせ」な状態とは言えないのではないでしょうか。

「自分には与えられるもの・力などない」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、与えるものはお金や物にはかぎらないのです。たとえば「やさしさ」や「笑顔」や「思いやり」も、とても大切で「しあわせ」になるための与えるものなのです。まずは「笑顔」や「やさしさ」を周りに与えられるよう、心がけてみませんか。はじめられたとたんに「しあわせ」が感じられるかもしれませんね。

私たちの活動拠点である「道院」は、集う者同士が互いに仕え合い、与え合える場所です。

少林寺拳法が修行できるのは、家族や近隣の方をはじめ、多くの方のご厚意に支えられているおかげともいえます。そのことに感謝し、人や社会に積極的に仕え合うことができる人間になることを目指しています。道院に多くの人が集い、しあわせを感じられることを願っております。