金剛禅総本山少林寺

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あの人のために

あの人のために

【開祖、宗道臣語録より】
私は若いときに、「あの人のために」という、その気持ちがいちばん大事とわかった。それで一生懸命してあげる。それで相手が喜ぶ顔を見ると嬉しい。それだけでいいんで、相手からは何も望まない。けれども、結果として相手も自分のために一所懸命してくれる。(1976年10月)

 

人は誰でも将来の夢を持っており、またはそんな夢を持っていた時期があるはすです。ところが実際には、夢がかなう人とそうでない人がいます。
いつしか違うことに夢中になったり、目まぐるしい毎日からいつの間にか忘れてしまったり、また残念ながら途中で諦めてしまった人もいるかもしれません。しかし、何度くじけてもへこたれず、努力を続け、ついに実現した人もいます。この違いはいったいどこにあるのでしょうか?
こんなことがいえるかもしれません。“自分のための夢にとどまらず、自分以外の『人のため』になるより大きな夢を持つことで、その実現する力も大きくなる。”
例えば「将来お医者さんになりたい」より「将来お医者さんになって、病気の人を治して喜んでもらいたい」の方が、目指していることが具体的に『人のため』になっています。自分以外の誰かのために頑張るとき、くじけることはできません。そしてこのようなときこそ人は本当に成長し、強くなるのです。
自分の努力に対して見返りを求めず、相手の嬉しそうな笑顔を見るためだけに頑張ることができる人。そんな人の周りには必ず自分と同じような人が集まります。互いに見返りを求めず応援し合い、頑張りあえ、くじけそうな時もともに乗り越えられる、そんな「夢が実現しやすい」環境が自然と生まれるのです。
自分の人生を幸福にできる可能性がこんなところにもあります。是非将来のことを考えるとき、自分だけでない、ほかの誰かが笑顔になるところまで想像してください。子どもたちであっても決して難しいことではありません。「自分にできる、みんなを笑顔にできる」というところまで導いてあげてください。

誰かを幸福にすると、結果自分が幸福になる。自分の幸福を求めても、なかなか幸福になれない。これは自身の思いや行動が、周囲と影響しあう「ダーマ」のはたらきに、人の思いの強さに併せて増幅したり、それが自分に返ってきたりする習性があるからと我々は信じています。

自分との約束

自分との約束

【開祖、宗道臣語録より】
恥を失った人間はダメなのです。恥ずかしいということを意識できるような人間になる。そして、自分がそうであるように、他人にもそうなってもらえるように影響をあたえる人生、これが尊敬される人生につながるのです。
バカにされず、胸を張っていられる生き方は、金や勲章ではないのです。人間関係の中で、いつでも恥ずかしくない人生を生きること。(1978年3月)

少し難しいですが「戒律(かいりつ)」という言葉があります。戒律のはじまりはお釈迦様(釈尊、仏教の開祖)の時代にさかのぼります。修行する集団の一員として守るべき規則を“律”として定めました。“戒”は修行するうえで自分を制する誓いのことです。
“戒”は「◯◯する」または「◯◯しない」という自分との約束のこととも言えます。例えば“挨拶をする”“優しくする”“ポイ捨てはしない”“子供の前でイライラしない”等です。国や宗教、家庭によって異なることもありますが、“恥ずかしいこと”とはこういった“戒”を犯すことと考えるとわかりやすいかもしれません。
現代を生きる私達にとって、法律を犯さないことは当然のことです。しかし“戒”を持ち生きているでしょうか?ともすると「罰せられなければ何をしても良い」と勘違いしている人もいるかもしれません。
こういった“恥ずかしいこと”をしないで暮らしているとどうでしょう?他人から悪く思われたり、言われたりすることが無くなるので、きっと怒りやイライラも少なくなるでしょう。そして自然と自信も持てるはずです。結果として周りの人から一目置かれ、信頼もされるようになるでしょう。さらには周りの人が見習うようになります。こうして次から次へと影響していき、あなたの小さな努力が豊かな社会につながっていくのです。
誰かが見ていようと見ていなくとも、自分で決めたことを守る。誰にも迷惑をかけずに頑張っている人は尊いのです。
さあ、たった今から何か小さな約束を自分としませんか!

小さなことでも悪い事を続けると、巡り巡って大きな悪いことが自分に降りかかります。逆にどんなにささいな事でも良いことを続けていると、いつか大きな良いことにつながります。これは思いや、行動は周囲と影響しあう「はたらき=ダーマ」があるからです。

あきらめない!

あきらめない!

【開祖、宗道臣語録より】
「何というか、簡単にあきらめているんだよなあ、俺はもうダメだ、死んだほうがいいって。(中略)とにかく生きていなきゃいけない。(中略)だれでも死ぬときは死ぬ。でも、生きている間は死んでいないんだ。で、負けたのでもない。死ぬまでは、生きている間は負けたんじゃないんだから。とにかく一生懸命生きていこう。どんなことがあったって、いつかは立ち直れるんだ。」(1978年5月)

人生の中では必ず苦しい時がやってきます。本当に辛く、耐えられない日々が続くこともあります。くじけそうになるかもしれませんし、泣き叫んでしまうかもしれません。でもここががんばりどころです。嵐の時、船は風や波に向かって舳先(へさき)を向けます。そうしないと横から風や波を受け不安定になったり、転覆するおそれがあるからです。このように苦しい時ほど(辛いですが頑張って)苦しさの原因に向き合うことが肝心です。目を背けるともっと苦しくなります。そして自分で直せる部分に気づくことができれば回復に向かいます。さらにその原因に対し「仕方なかったんだ、もう憎んだり、恨んだりするのはやめよう」と思うことができれば復活も近いです。

あなたは1年前どんなことに苦しんでいたかを覚えていますか?今の苦しみも1年後には忘れているようなことかもしれませんね。またのり越えられない苦しみはやって来ません。一人では無理でも必ず助けてくれる出会いや、きっかけがあります。

命さえ大切にしていればきっと幸せになれる。あなたは将来幸せになるように生まれてきたのです。自分の幸せになる可能性、今の状況が変わる可能性、自分自身が変わる可能性を信じて、決してなげやりにならず、正しく、素直に生きていきましょう。だって苦しんだ人ほど、歯をくいしばって努力した人ほど強く、優しくなれるから……あなたの大切な人が悲しんだり、苦しんだりした時、大切な人を笑顔にする力が増すのです。大切な人の笑顔を見るのは幸せですよね。苦しかった日々が誇りに思える日が必ず来ます。

※私たちの心には、草や花が自然に太陽の光へ向かって伸びるように、明るい方向へ向かってこそよりよく成長したり改善する「はたらき=ダーマ」が備わっているのです。あきらめず、へこたれず前に向かってすすむ事が大事です。

素直に生きる

素直に生きる

【開祖、宗道臣語録より】
両親に対して感謝の気持ちを伝えることや、彼女に優しい言葉の一つでもかけられるようになれよ、本当に。そうしたら、人生は本当に変わる。私がそうだったんだから、間違いないぞ。(人生を良く変えるのは)ほんの一言でいい。ほんの数秒で転換できるんだぞ。こだわるからできないのである。素直に生きてくれ。楽しく生きてもらうことを希望します。(1975年9月)

私たち金剛禅では、「人がよりよく変われることを信じる」ということを大切にしています。日々の修練での易筋行や、道院長からの法話(教え)も、何らかの“気づき”を得て変わることの「キッカケ」なのです。日々の生活すべてを修行の場ととらえていることも、すべてが「キッカケ」を得る場所だからです。
では、どのようにすれば「よりよく変われるのか?」……簡単ではないかもしれません。そこで開祖は、そのヒントを残してくれています。上記のように、周りの人に一言でいいから“優しい言葉”をかけるように教えてくれています。しかし実行するのは意外と恥ずかしかったり、照れくさかったりするかもしれません。だからといって大切な人に自分の思いを伝えていないということは、とても残念なことです。

例えばお母さんに「今まで色々とありがとう」と伝えたとしましょう。目の前にいるお母さんは昨日までのお母さんではなく、“感謝されたお母さん”がいることになります。
もしかしたら、昨日まではあなたのことが心配でしかたのなかったお母さんが、あなたのことを安心して見守ってくれるお母さんになるかもしれません。自然とあなたへの接し方が変わり、そのことによってあなた自身も、自信や勇気が湧いてくるかもしれません。

このように「よりよく変わる」ということは、自ら変わろうとする努力だけではなく、自分の周りの環境を変えるということも、自分自身の変化につながるのです。あなたのほんの一言で。
恥ずかしさや照れくささといった、ちっぽけなわだかまりを捨て、素直になれば、素直にさえなれば、言葉は出てくるものです。素直になるほんの数秒の頑張りが必要なだけなのです。金剛禅では、そのようにすれば楽しく生きていけると教えています。早速あなたのまわりの大切な人に、あなたの素直な思いを伝えてみませんか?

※金剛禅では、些細なことでもそれが影響し合ってより良いものになっていくことを“ダーマの働き”の一面と考えています。良い結果を求めるなら、より善い行いをする。決して悪い行いはしないことが大切です。

仕合わせ

仕合わせ

【開祖、宗道臣語録より】
今では、「しあわせ」を「幸せ」と幸の字を使うが、以前は、「仕え合う」という意味で「仕合わせ」と書いていた。「しあわせ」とは、仕え合う、与え合う、そういう気持ち、あり方をいうのではないか。人間らしい人間なら、それが本当だと私は思います。そして、それがわれわれの考え方である。(1966年10月)

「仕合わせ」という言葉には、「めぐりあわせがよいこと」「めぐりあわせ」「事の次第・結末」という意味があるようです。「しあわせ」は偶然の出会いからはじまり、または出会いそのもの、もしくはその出会いの結果が「しあわせなこと」につながるのではないでしょうか。

開祖はそのうえで「仕え合う」「与え合う」ことが人間らしい行動で、その行為を通じて「しあわせ」になることが、金剛禅の考え方だと説いています。

自分の財産・所有物の一部を分け与えたり、または自分の能力を人や社会のために発揮する。逆に、自分にないものは分けてもらい、自分にできない事は手伝ってもらう。そんな関係の中で生きていけることは、とても「しあわせ」だと思いませんか。自分のものは大切にしまっておいて、いただくことばかりになっていませんか。それは互いに「仕え合う」ことができていない状態であり、つまりは「しあわせ」な状態とは言えないのではないでしょうか。

「自分には与えられるもの・力などない」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、与えるものはお金や物にはかぎらないのです。たとえば「やさしさ」や「笑顔」や「思いやり」も、とても大切で「しあわせ」になるための与えるものなのです。まずは「笑顔」や「やさしさ」を周りに与えられるよう、心がけてみませんか。はじめられたとたんに「しあわせ」が感じられるかもしれませんね。

私たちの活動拠点である「道院」は、集う者同士が互いに仕え合い、与え合える場所です。

少林寺拳法が修行できるのは、家族や近隣の方をはじめ、多くの方のご厚意に支えられているおかげともいえます。そのことに感謝し、人や社会に積極的に仕え合うことができる人間になることを目指しています。道院に多くの人が集い、しあわせを感じられることを願っております。

自信と勇気は育むもの

自信と勇気は育むもの

【開祖、宗道臣語録より】
他人から「お前はダメだ、頭が悪い、不器用だ」と言われ、自分でもできないと思い込めば、誰だって自信をなくしてしまう。自信がないのに勇気なんて出るはずがないんです。「お前にもできる。見ろ、できるようになったじゃないか」と、自信というものを周りから持たせるように仕向けてあげるのです。
自分に自信ができるから、言えないことでも言えるようになる。できないことでもしようという気が起きる。自信と勇気というものは、育て上げられるのです。(1978年3月)

できなかった事が自分の努力でできるようになった時の喜びや達成感は、何物にも代えがたいことを私たちは知っています。そしてその積み重ねこそが何よりの自信につながるのです。

そういえば、たくさんの困難や壁を乗り越えてきた人には何とも言えない自信が漂い、そんな人は見ていても頼りがいがあるように感じますね。

さて、子どもたちはおとなにくらべて当然未経験です。そのため、できないことも多くて当たり前です。ですから、できないことを叱るのではなく、リラックスして経験できる環境を整え、頑張れるよう励ましてあげることが大切なのではないでしょうか。やさしく、時には力強い声掛けと寄り添いで、やり遂げるまで見守るのです。

そしてそれが出来るようになったとき、目いっぱい喜んであげましょう。子どもは、褒められるのが大好きです。ましてやそれが一番好きな人からであればなおさらです。きっと努力し頑張ることが楽しくなるでしょう。そうすれば困難に立ち向かう勇気も自然と生まれてくるに違いありません。おとなのちょっとした心遣いで、子どもの自信と勇気を大きく育むことができるのです。

さて、おとなはどうでしょう。経験を積んできたことで、困難や壁にぶつからないよう、事前にかわすこともできるようになりました。しかしそれは、本当に危機回避のためなのか、それとも苦手なものから単に逃げているだけなのか、一度自分に向き合ってみてもいいかもしれませんね。些細なことや簡単なことで十分です。何か一つでも、これまで避けていた事や不得意な事にチャレンジしてみてはどうでしょう。あなたの小さな変化は、子どもや周りへ影響を与え今までとは異なる未来への可能性が広がるはずです。

私たちがすすめる金剛禅運動は、このように一人一人が少しずつ自信を高め、可能性を広げることで、互いによい影響を与え合い、そうすることで世の中がよくなると信じて努力することなのです。

人生の極意の一つ「感謝」

人生の極意の一つ「感謝」

【開祖、宗道臣語録より】

「知っている奴がベソをかいたら、何かあったんじゃないかと思うし、うれしそうな顔をしとったら、ああ、何かいいことがあったんだなと思って、喜んでやればいい。これが心のつながりの第一歩なんだ。(中略)これがね、人生の一つの極意なんだよ。感情の世界を生きるということ。相手に喜んでもらえること、喜んであげること、そういうことを、もっと素直にしたらどうかな。今までそれのない人は、どこへ行ってもうまくいかんし、長続きしない」(1979年11月)

 

もしあなたが、人から何かをしてもらったり、何かを頂いたときに、それが自分にとって必要なものであったり、高価なものであるかよりも、その「気持ち」に嬉しさを感じませんか?

そして嬉しそうな顔で「ありがとう」というと相手も嬉しくなります。またそれを見ている人も嬉しくなるでしょう。

ダーマには「引き合う力」という意味もあります。(金剛禅の教義のページを参照して下さい)感謝の気持ちや嬉しい気持ちが互いを引き合い、より大きくなるようにはたらくのです。

ささいな事にも感謝の気持ちを持ち、喜べる人は、心温かく、穏やかで、幸せな人生を送ることができます。そんな今の自分を幸福と感じられるのではないでしょうか。

逆に、「同じ頂くなら別の物がよかった」「そんな事されてもありがた迷惑」等と感じている人は、そんな幸福感を味わうことなく、過ごしてしまっているのかもしれません。

さぁ、たった今から、人に何かをして頂いたときは“笑顔で喜ぶ”、を実践してみませんか?

“人生を変えることができる”“いつでも変えることができる”は難しいことではありません。良くなること、変われることを信じて下さい。ちょっとした習慣を変えることで実現できるのです。

笑顔でいると何かが変わる

笑顔でいると何かが変わる

【開祖、宗道臣語録より】
「深刻な顔したって、世の中変わりゃせん。やっぱり、朗らかに楽しく、いつ会うても、ああ、明るい人だなあ、と思われる……そういう顔、生き方をしないか」(1975年5月)

あなたの笑顔が出発点です。あなたが笑顔でいれば、それは周りに伝染しみんなが笑顔になります。笑顔に囲まれているとそれだけで幸福な気持ちになれます。(この時点ですでにいい変化がありましたね。)
ま た、笑顔で話し合うとポジティブな議論になり、やる気が出てきます。みんなで力を合わせるので頑張れます。みんなで頑張っているので良い結果が出ます。良 い結果が出るので嬉しくなりまた笑顔が増えます。(ここまで来るともう以前のあなたではありません。大きな変化が起きています。)
笑顔でいるだけで、笑顔が伝染し、笑顔を引き寄せ、ストレスをふっ飛ばし、元気と楽しさがやってきます。
“鏡の前では一度笑顔になる”ということを実行するのもよいかもしれません。
さあレッツ笑顔!

私たち金剛禅総本山少林寺は「平和で豊かな社会づくりに貢献する」ことを目的に活動しております。その活動を言いかえれば“笑顔を増やす”と言っても過言ではありません。