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「己こそ己の寄るべ」「半ばは己の幸せを、半ばは人の幸せを」 社会人として実感した、少林寺拳法の教え

2016/06/28

Q 今回は近鉄グループホールディングス株式会社および近畿日本鉄道株式会社にて取締役会長を務めておられる小林哲也さんにお話を伺います。近鉄グループホールディングス株式会社は「近鉄」の愛称で親しまれている近畿日本鉄道による運輸事業を軸に、不動産、流通、ホテル・旅行業など多岐にわたるビジネスを展開している日本のリーディングカンパニーのひとつです。小林さんは早稲田大学少林寺拳法部のOBでもありますが、まずは少林寺拳法を始めたきっかけから教えてください。

 小林 私の父親が「男は皆武道をやるべし」という教育方針だったのです。うちは男子三人兄弟で、私が長男だったのですが、私は剣道で、二番目の弟が合気道、三番目の弟が柔道をやっていました。

 大学でも剣道部に入ろうと思ったのですが、練習時間が語学の授業にちょうど当たってしまいまして、剣道の練習に出ていたら語学の単位が取れなくて卒業できない、という状況でした。それで他の武道を考えていたときに、ちょうど少林寺拳法部の方が勧誘してくださって、「面白そうだな」と思って入部したのがきっかけです。

 Q 当時、少林寺拳法についてご存知でしたか?

 小林 いえ、知りませんでした。まだ少林寺拳法がこれから広まっていく時代だったと思います。私たちは早稲田大学の少林寺拳法部の5期目で、入部当初は、かなりの新入部員がいたように記憶していますが、最後まで残ったのは私を含めて5名です。というのも、うちの部はやる気のない者は遠慮なく辞めさせていく方針でしたから。

 Q それは厳しいですね。さて、当時の練習はどんな感じでしたか?

 小林 練習はきつかったですね。まず最初に体力トレーニングを徹底的にやります。走って、腕立伏せやって、腹筋やって‥‥。かなりハードでしたね。そこから練習が始まるのですが、どちらかというと剛法、乱捕(運用法)が中心でした。法形は申しわけ程度(笑)という感じでした。

 Q 先輩後輩の上下関係は厳しかったですか?

 小林 そうですね。私らが一年生の時は結構厳しくて、部室へ入っていったら座りませんでした。でも、先輩方は礼儀にはうるさかったですけど、偉そうにすることはなかったですね。先輩後輩すごく仲が良かったです。上下の規律はきちっとしているけれど、みんな温かかった。いい部でしたね。

 Q 単に厳しいだけではなかったのですね。

 小林 もちろん練習になれば、乱捕で嫌というほど殴られたり、蹴られたりしました(笑)。これはまぁやむを得ないですよね。でも面白いのはね、上級生と下級生が乱捕をすると、みんなが下級生を応援するんです。「いけー!」「突けー!」といってね。上級生はやりにくいですよね(笑)。

 こんな思い出もあります。夏に鳥取で合宿を行ったのですが、最後の打ち上げにみんなで海に泳ぎに行ったのです。その時に騎馬戦を学年対抗でやったのですが、私たち一年生は人数が多いですから、圧倒的に有利なんです。ですから、ここぞとばかりに全員が協力して厳しい先輩を追い掛け回しました(笑)。その先輩を捕まえて、海にほうり投げようとしたら、審判が「そこまでっ!」って(笑)。

 Q えっ、そんなことをしても大丈夫だったのですか? 

 小林 そうでしたね。先輩方はみなさん良い方で、偉そうにして下級生をいじめるようなタイプの人はいなかったです。

 Q 小林さんには関西学生大会にもご出席いただいております。現在行っている立合評価法をご覧になられて、どう思われますか?

 小林 現在の方式は安全で良いと思います。昔は現在のような面(ヘッドガード)がなくてよく怪我をしていましたね。我々の頃は「軍鶏の喧嘩のようだ」なんて言われて、私も先生からよく怒られたものです。対戦が終わってから双方が呼ばれて、「なんだそれは〜っ!」と言われたりしてね(笑)。

 当時、私は全日本学生連盟の委員を務めていまして、第一回の全日本学生大会では医務委員だったのですが、そのとき個人乱捕戦で、ある拳士に上段突がまともに入り、ひっくり返ってしまいました。打ち所が悪くて、すぐに救急車で病院に搬送しましたが、幸い大事には至りませんでした。ですから、安全管理には注意し過ぎるという事は無いと思います。

 Q ありがとうございます。

 小林 ただ、今の拳士たちの運用法は形に流れているという気もします。突き蹴りがしっかり相手に打撃を与えていないというか‥‥。きちんと急所を捉えて、有効な当身をして欲しいと思います。先生方にはそういう指導をして欲しいですね。それから、攻者、守者に分けてやるやり方は無理があります。もちろん、現行の方式はまだ始まったばかりですから、どんどん向上していくと期待していますけどね。

 Q 演武についてはどう感じますか?

 小林 大変厳しい言い方ですが、形にこだわり、うまくまとめているという印象を受けます。蹴りひとつとってみても、どこを蹴っているのか伝わってこない。前足底を立てずに、足の甲で当てるだけの拳士も多く見受けます。相手に本気で当てようとするのではなくて、見栄えを気にしているような気がします。昔は胴をつけて演武したりもしましたが、着胴を義務付けるのもひとつのアイデアかもしれませんね。まぁいずれにしろ、演武と乱捕は修練の両輪ですから、両方をきちっと鍛錬できるような指導をしていただきたいと思います。

 Q 学生時代には本部合宿に参加されて、開祖にお会いになったと思います。そのときの印象を教えてください。

 小林 私は大学2年生の時にはじめて本部に行きました。開祖はひとりひとりに握手してくださって「よう来た!」と言って迎えてくださいました。戦後、人を育てないと大変なことになるという気持ちが、優しさの中にしっかり芯にあったように思います。開祖の手が、すごく柔らかかったことが印象に残っています。

Q ここからは小林さんが社会人になられてから少林寺拳法の教えをどう感じ、実践してこられたのか、そこをテーマにお話を伺います。少林寺拳法の教えを社会人として実感することはありましたか?

小林 ものすごくありますよ。技法だけでなく、しっかりした教えがあります。少林寺拳法の良いところはそこだと思います。私がいちばん実感しているのは、「自己確立」と「自他共楽」ですね。この精神はすごく大切です。

 かつて私が受けた研修で、「部下が上司に対して色々と要望を出すのだけど、上司は聞いてくれず、何にもしてくれない。その状況下でプロジェクトが難航するが、あなたはどうしますか?」と問われるものがありました。

Q 思い通りにいかないのが世の常ですが、それにどう対応するか、ということですね。

小林 そうです。そこで「自分はやるべきことはやった。しかし上司へ出した要望がことごとく通らなかったのでプロジェクトは頓挫しました。上司の対応・判断ミスが原因と思われます」と答えたとします。これ、どう思いますか?

Q う〜ん、難しいですね。でも原因を他人にばかり求めているのは潔くないとは思いますが‥‥。

小林 そうです。この研修では他人のせいにすることを厳しく戒められます。

 上司を説得できなかったのは自分の責任だと指摘されます。すなわち要望を聞かなかった上司が悪いのではなくて、自分が悪い、ということになるのです。この研修を受けて「なるほど、少林寺拳法の教えと一緒だな」と思いました。どんなことがあっても最後まで責任を回避してはいけない、とあらためて思いました。

Q 言葉を変えれば、「言い訳をしない」そして「あきらめない」ということかもしれませんね。

小林 「己こそ己の寄るべ‥‥」これはね、人間の基本だと思いますよ。それができた上ではじめて、「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを」という言葉が説得力を持ちます。この二つは、ことあるごとにセットで社員に話しています。

Q 小林さんは社会人として自己確立を常に意識して実践してこられたから、いまリーダーとして人を束ねる立場におられるのですね。

小林 いやいや、そのようなことはありませんが、しかし、今振り返りますと、「いい組織といい上司に恵まれたなぁ」としみじみ思います。厳しい上司が多かったですけどね。仕事を与えられて、決められた時間内にできなかったら大変です。どんなきつい仕事であっても「やれ〜!」と言われたら、やらなくてはいけない。本気になってやれば、やれない事はほとんど無いと思います。

Q そこで踏ん張って、やりきってこられた経験が、確かな実力を培う鍛錬だったのですね。そこで踏ん張れるか、逃げ出してしまうか‥‥困難が目の前にあったら、どういう選択をするかで、大げさな言い方をすれば未来が変わってくるのですね。

小林 そうだと思います。うちの職場が良かったのは、仕事が一段落すればすごく自由にさせてくれたことです。お酒も、だいたい上司が率先して「行こう!」といってくれましたね。

Q それこそ早稲田の少林寺拳法部の雰囲気と同じですね。緊張とリラックスのバランスが絶妙だから、組織も発展していくのですね。

小林 そうですね。あたたかいだけでは秩序、規律が乱れかねませんし、厳しいだけでは下がついてこない。やはりバランスが大切なのだと実感しています。

Q さて、ここで小林会長が考える社会のリーダー像について教えてください。

小林 いちばん大切なのは、責任を回避しないことだと思います。何があっても最後には「俺が責任を取るから、心配するな」と。やっぱりその姿勢、スタイルが大事だと思いますね。

 Q その姿勢が部下の信頼を生む、ということですね。

 小林 そうです。よく、「信頼される」ということと、「好かれる」ということを混同している人がいますが、リーダーというのは、下に信頼されないといけません。信頼がなければその組織はバラバラになってしまいます。信頼が人と人を結びつけるのです。「この人は信頼できない」と思ったら、その組織は崩壊しますからね。

 それともう一つ、「くじけない」ことが大事だと思います。いくら責任を取るといっても、精神的にも肉体的にも潰れてしまったら終わりですからね。上が責任を取ってくれる、最後までくじけないで頑張ってくれる。その姿勢がメンバーに安心感を与える。それができる人がリーダーだと思いますね。

 Q なるほど。

 小林 加えて「公平」であることが大事です。好き嫌いがあるとか、いわんや、自分に都合がいいように物事を考えるような人は絶対にダメです。これはリーダーの基本だと思います。

 Q では最後にこれからの少林寺拳法を背負っていく若い拳士たちに向けてアドバイスをお願いします。

 小林 そうですね。「始めから自分を簡単に決め込むな。」と伝えたいですね。「僕は気が弱い」、「これには向かない」、「あれはできるけどこれはできない」といったように、若い人たちは簡単に自分の性格や資質、向き不向きを決めてしまっているように感じます。しかし、まだ十代二十代であれば、ほんのわずかの人生しか経験していないわけです。「まだまだ君たちには、自分が気がつかない資質、可能性があるはずだ!」そうエールを送りたいですね。

Q いま自分が認識していることは、けっして完璧な答えではありませんものね。何より自分のことは、自分で思っているほどにわかっていないのかもしれません。それを理解し、可能性を否定しないことが、未来への希望にもなるし、あるいは学ぶ姿勢を忘れない謙虚さにつながるのかもしれませんね。

小林 なぜ自分を変えられないのか? それは「自分はこういう『性格』だ」と思い込んでいるからです。性格はなかなか変えられないと思うでしょう? ならば、それをライフスタイルと捉えてみたらどうでしょう。ライフスタイルというのはすなわち生き方ですね。生き方は変えようと思って努力したら変えることができるのです。まだ若い、ということは仕事でもなんでもいろいろなチャレンジができる、ということです。それはすなわち可能性そのものですよ。そこに自分の思い込みで限界を決めてしまったらもったいなさすぎる。このことを若い人にはいつも伝えています。

Q ほんとうにそうですね。自らの可能性を信じること。信じ続けて行動することが、未来を大きく変えていくのだと確信します。本日はどうもありがとうございました。

(平成28年4月6日 近鉄グループホールディングス本社にて)

(小林哲也氏プロフィール) 

1943(昭和18)年生まれ。1968(昭和43)年3月早稲田大学第一政治経済学部 卒業。同年4月近畿日本鉄道株式会社 入社。01年6月 取締役、03年6月 常務取締役、05年6月 専務取締役、07年6月 代表取締役社長を経て、15年4月より近鉄グループホールディングス株式会社及び近畿日本鉄道株式会社代表取締役会長、現在に至る。早稲田大学在学中は少林寺拳法部に在籍。少林寺拳法二段。

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