「開祖と握手をした感激を忘れず、社会でも少林寺拳法の教えを実践してきた」

2017/09/27

立教大学OB武士裕三氏に聞く

Q 今回は立教大学少林寺拳法部 OB の武士裕三先輩にお話をお伺いします。立教大学は今年の 12 月に設立 50 周年を迎えますが、実は武士先輩が創設者でい らっしゃいます。まず、少林寺拳法部を創設するまでの経緯を教えてください。

武士 私は立教中学校から、立教高校、大学と進学してきました。きっかけは 小学校の同級生に「中庭がすごく綺麗な学校だから、一緒に受験しよう」と誘 われたのです。彼は落っこちて、私だけが受かったのですが(笑)。彼は高校受 験で再チャレンジして、受かりましたけどね。 その後、立教高校に進学して柔道部に入りました。16 歳の悪ガキですから、 「ケンカに強くなりたい」というのが理由です(笑)。ところが練習中に怪我を して、目の上を切ってしまいました。それで練習を休んでいる時に、カッパブ ックスの「秘伝少林寺拳法」を見つけまして、すぐに「こっちのほうが合理的 だ!」と思いました。というのも柔道は掴まないと相手を制することができま せんから。剛法も柔法もある少林寺拳法のほうが合理的だと思いまして、道場 を探して、もう今はないのですけど当時の大塚道院というところに入門したの です。

Q その後、立教大学に進んで少林寺拳法部を設立したのですね。

武士 そうです。立教大学に少林寺拳法部があれば入ろうと思ったのですけど、 残念ながらまだクラブはなかった。そこで1年生の 11 月に少林寺拳法部を設立 しました。幸い高校から上がってきたので、友達はいっぱいいましたから、彼 らに声をかけて練習を始めました。ちなみにその時は二段でしたね。

Q それがいまからちょうど 50 年前のことなのですね。

武士 おかげさまで今年の 12 月に立教大学少林寺拳法部は 50 周年を迎えるこ とができます。設立当初は、もちろん体育会にも認めてもらえませんから、駐 車場の隅っことか、屋上の片隅とか、そういうところで練習をしていたことを 考えると、 「随分と時間が経ったんだな」と感じます。

年が明けて4月には新入生が入ってきましたから、もう一生懸命勧誘しまし た。そのかいあって 15~16 名は入ったんじゃないかな。さらに 1 年後、私たち が3年の時も同じくらいの新入生が入部してくれて、一気に部としての形が整 いました。

Q その当時、本部の合宿にはいかれましたか?

武士 はい。まず、支部長になるための講習会がありまして、それに参加しま した。たしか設立の年の年末‥‥年明けだったかな? 寒い時期でしたね。そ の時はじめて開祖にお会いしましたけど、まず盟杯を交わすことに驚きまし た! まるで映画のようなことをするんだな、と思いました(笑)。開祖が飲ん で、その杯をいただいて、握手してもらいました。

Q 開祖に対してどんな印象を持ちましたか?

武士 直かに声をかけていただいて、握手をしていただいた。なによりも、そ の感激が忘れられないですね。今でもその手の感触を覚えていますよ。とても 分厚くて、柔らかい手で。ずしっと重みを感じましたよ。あの手で握られて「よ ろしく頼むぞ!」と言われたら、そりゃ誰でも「命がけでやります!」と思う でしょうね。

Q 直に接するからこそ、開祖の志、熱意を感じられたのですね。そうやって人 間・宗道臣に惚れる人がたくさんおられたのだと思います。さて武士先輩は富 士交通株式会社の代表取締役として、タクシー会社や自動車教習所などの経営 に携わっておられます。まさに社会のリーダーとしてご活躍されているわけで すが、少林寺拳法の教えが企業経営の中でどう生かされているか、教えてくだ さい。

武士 うちの基本理念は《自力救済 自他共栄》です。本当は「自己確立、自他 共楽」とやりたかったのですけど、会社というのは経済活動をする集団ですか ら、それにふさわしい言葉として「自力救済」がいいかな、と考えたのです。 でも、私の頭の中では開祖の教えと全く同じものです。そういう意味では、開 祖の教えから得たものが大きいというよりも、そのまま染み付いてしまってい るという感じがありますね。

Q たいへん嬉しいお言葉です。さて企業を継続・発展させてゆくためには、や はりそこで働く人の質が重要だと思いますが、この点はどうお考えですか?

武士 先ほどの基本理念を実現するための指標として、我が社の基本方針があ ります。三つありまして、一つは「社会に貢献する」。それから「顧客に奉仕す る」。最後の三つ目が「社員に幸福」です。 この三つは全然違うようですけど、私の頭の中では全て同じです。とりわけ 社員に幸福感を持ってもらうことは、企業としてはとても大きな問題だと考え ています。今日来ていただいた竹の塚モータースクールは自動車教習所です。 つまり接客業ですね。接客に携わる人間が、日々仕事をしていく中で、自分を 幸福だと思っているか、不幸だと思っているか? これ、とても大事なことで す。

Q といいますと?

武士 考えてみてください。「今日も幸せだな」と思っている人間が接客するの と、「自分は不幸だ」と思っている人間に接客されるのでは、お客様の受ける印 象が大きく違ってくるのです。これは企業にとってサービスの質を大きく左右 する要素です。だからどうやったら社員に幸福を感じてもらえるかということ は、社員にもよく話すし、私自身いつも考えていることなのです。

Q たしかにそうですね。

武士 そこで、うちの会社は全社にグランドルールを設けています。それはズ バリ、「人の悪口を言うな」と。

Q あ、それはすごく大切なことですね!

武士 人の悪口を言う‥‥それ自体が職場の空気を悪くしますよね。そして、 悪口というのは、その人の悪い面に目を向けるということです。でも、誰にだ って良い面と悪い面がありますよね。

Q おっしゃる通りですね。で、悪い面に目を向けられたら誰だっていい気持ち はしない。相手に対して悪口の一つも言い返したくなります(笑)。

武士 そうでしょう。そうやって悪い循環が生まれてゆくのです。ですから私 は、「何事でもいい面に光を当てましょう」という話をするのです。よく例えに あげるのが、「夏は好きですか?」という質問です。夏には、いい面も悪い面も ありますよね。 「暑苦しくて、虫が多いし、夏は嫌だ」という人もいます。逆に 「太陽がいっぱいで気持ちいい」「 花火が好き」「海に行ったり山に行ったりす るのが楽しい」という人もいます。つまり人それぞれにいろいろな感じ方があ るわけです。

Q そうですね。良い面と悪い面、どちらに目を向けるのか。それによって、物 事の感じ方が変わってくるわけですね。

武士 そうです。これは、秋も冬も同じ。物事の見方すべてに当てはまること ですね。春夏秋冬それぞれの季節の良い面を観れる人は一年中ハッピーなんで す。

Q 何事に対しても不足や不満を感じている人は、自ら幸せを手放しているのか もしれませんね。

武士 幸せを感じられるかどうかは、その人間のものの考え方、あるいは感じ 方の習慣によるものだと思います。「足るを知る」と言いますよね。どんな状況 であっても、そこに満足を見いだすことができるか。足るを知らない人間は、 どんな状況でも常に不満を言いますよ。

Q そうですね。

 武士  そして大切なことは、自分の周りにいる人間の良い面に光をあてるこ とができたら、そこから学ぶことができるということです。そうすると、自分 の周りにいる人間は全部先生になるのです。そういう人はどんどん成長してい きますよね。

Q だから「人の悪口を言うな」ということなんですね。それは、人としてのマ ナー、礼儀礼節であり、さらにその人の幸福を左右する大切なことなのですね。 お話を伺って、開祖が提唱した幸福運動とはこういうことなのだな、と得心し ました。そうやって社員の方の幸福度がアップすることが、顧客満足にもつな がるのですね。

武士 そうです。顧客満足と社員満足。このふたつは相反するものだとよく言 われますけど、私は一緒だと考えています。仕事をする上においての最大の喜 びってなんだろう? と考えたら、私は《お客さんに感謝されること》ではな いかと思うのです。自分が仕事を一生懸命やったことに対して、お客様から感 謝の言葉をいただいたら、それは最高の喜びです。接客業である私どもは、そ の喜びをみつけやすい環境で働いているのです。

Q ではどうやってお客様に満足を提供するのか? 武士先輩のお考えをお聞 かせください。

武士 近年は減少傾向にあるとはいえ、悲惨な交通事故はやはりたくさん起こ っていると言わざるを得ませんね。これは何が原因で起こっていると思います か?

Q うーん、難しいですね。

武士 運転技術が未熟だった、あるいは知識や標識の見方を知らなかったとか、 そういうテクニカルなことではなくて、マインドの問題だと私は考えています。 例えばここは 40 キロ制限の場所だと知っていながら、速度をオーバーしてしま う。そういう気の緩み、不注意が大きな事故を引き起こすのです。

Q なるほど。

武士 それは突き詰めて考えると、自分の周りにいるすべての人間を大切に思 う心が欠けているのではないか、と考えています。ですから私どもは、自動車 教習所として法令の知識、運転技術に加えて、マインドを教えられないか、と 本気で考えているのです。

Q 素晴らしいですね。

武士 でもこれはただ能書きを垂れても、聞いてくれるものじゃない。そこに 感動が伴わないと言葉は心に届かない‥‥そうでしょう? 開祖は少林寺拳法 というエサを使って、若い者の魂を変えていこうとしましたが、当社の場合は どうするのか? それは社員ひとりひとりが「身を以て示すこと」だと考えて います。しかも感動領域に達するまで、です。 どういうことかというと、お客様に対して「あなたはこの世の中にたった一 人しかいないかけがえのない存在」だと、本気で思っていることを行動で示す こと。そういう気持ちで接客に取り組む、ということです。それをお客様に感 じていただいたときに初めて感動が生まれ、私たちのメッセージが伝わるのだ と思っています。

うちの社員たちはそこをよく理解をしています。もちろん頭で理解していると いって、実践できるとは限りません。しかし、そうしようと努力しています。

Q 武士先輩がそこまでの境地に至るには、様々な経験を積んでこられたのでし ょうね。

武士 いろいろありましたね。この竹の塚モータースクールに、私はちょうど 30歳の時に赴任しました。当時、ここは労働組合が強くてね。前任の管理者 が組合との折衝でノイローゼになってしまい、入院してしまった。それで私に 白羽の矢が立った、というわけなんです。

Q 30歳のときというと、血気盛んな頃だったのでは?

武士 もうバリバリの武闘派でした(笑)。それで組合と大バトルですよ。給与 の条件、査定‥‥細かなことは省きますが、もろもろのことで裁判までもつれ 込みました。それで最終的に私たち会社側が勝利したのですが、しかし裁判が 終わったとき、ふと気がついたのです。どうやって彼らを評価して働いてもら うのか、その基準となるものがわからなかった。「この会社にとって価値あるこ とはこれだよ」「これはやっちゃいけないよ」ということを示していなかった。 今でいえば会社の理念、ヴィジョン、そこから導き出される労働条件‥‥そう いったものを明確にしていないまま、ただバトルしていたのだと気がつきまし た。彼らにとってすごく不安な会社だったのだと気がつきました。 その当時は、自分のところの社員にもかかわらず、敵だと考えていましたか らね。自分のところの社員を敵だと思うなんて、こんなに悲しいことはないで すよ。そこからね、いろいろやり方を変えて少しずつ改善してゆきました。そ の結果、組合も存在意義をなくして、結局解散しました。

Q 大変なご苦労があったと思いますが、それよりもご自身が間違っていたと素 直に認めて、行動を改めた武士先輩の姿勢に感銘を受けました。自分の非を認 めることはなかなかできるものではないと思います。けれどそこからしか学び は始まらない。この姿勢があったからこそ、いま会社を導くリーダーとして素 晴らしい活躍をされているのだと思いました。では最後に少林寺拳法の拳士、 特に若い拳士たちにメッセージをお願いします。

武士 若い頃は、なんでもやりたいことをやったほうがいいと思います。もち ろんすべてが上手くいくわけがない。たくさん失敗もするでしょう。けれど、 その経験のすべてがより合わさって、一本の太い縄に束ねられていくと思うの です。そして失敗を悔やむな、とエールを送りたいですね。 この歳になると、人生は本当にあっという間だったな、と思うのです。だか ら、過去に戻って悔やんでいる暇なんかない。過去に自分がやったことは、全 て良かったんだと思うくらいがいいと思う。自分自身の勉強になるという意味 も含めてね。

Q 仮に失敗したとしても、その経験から自分に欠けているものに気付けたら、 その経験は失敗ではなく学びとなりますね。その意味では、人生に失敗など存 在しないのかもしれませんね。

 武士 大事なことは、「今ここしか生きられない」ということです。過去も未来 も生きられない。もちろん将来の目標を立てたり、夢を持つのはいいことです けど、それに対して行動を起こすのはいつだって「いまこの瞬間」しかないの です。 妄想したりとか、将来を憂いたりとか、そういうことを一切する必要はない。 この瞬間に、自分が持っている能力の全てを出して、全力で生きる。それがい ちばん大事だと思います。だって、それしかやりようがないでしょう。なによ り、いまこの瞬間が人生の花なんだからね。

Q 妄想や不安は立ち止まっているときに生まれるのかもしれませんね。今この 瞬間も、目の前の現実を見たら、すべきことがたくさんある。だから行動し続 ける。そういう人には、新しい学びや気づきが与えられるのだと、お話を聞い て感じました。たいへん勉強になりました。どうもありがとうございました! (平成 29 年7月1日 東京・竹の塚モータースクールにて)

【武士裕三氏プロフィール】 1948(昭和 23)年 東京都生まれ。1964 年 旧大塚道院にて少林寺拳法に入門。 1967 年 立教大学入学。同年 11 月に少林寺拳法部を設立。現在は富士交通株式 会社、富士オートガス株式会社、竹の塚モータースクール、君津モータースク ール、高崎モータースクール 各社の代表取締役社長を務める。東京指定自動 車教習所協会会長、関東指定自動車教習所協会連合会会長、全日本指定自動車 教習所協会連合会副会長、滝の川交通安全協会会長。2016 年秋 藍綬褒章受賞。少林寺拳法正拳士四段。