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vol.38 人の「縁」、人生の道標「道訓」に教えられ

2015/02/05

私は1950(昭和25)年に北九州の下町で、双子の兄として生まれました。父は予科練出身の厳しい人で、母は一人娘で勤め人、私と弟は祖父母から甘やか されて育てられ、悪童だったそうです。父の転勤で三重県に引っ越しても悪さばかり。中学生のころが最たるもので、現在、鹿児島県教区長の弟・輝義は更に悪 く、親は学校や署に呼び出されては頭を下げていたそうです。60半ばを迎えた私たち兄弟は、未だ母には頭が上がりません。

少林寺拳法と出 会ったのは高校生のときです。友人に誘われ、三重大学少林寺拳法部の主将を紹介されて入部。66年、本部214期生でした。後に弟も入部し、そこで楽しく 怖かった乱捕りの洗礼を受けました。間もなく神戸から北岡隆弘先生が来られ、私の四日市道院の一期生としての拳歴が始まりました。5歳年上の北岡先生には 「勝義、輝義」とかわいがっていただき、兄のように慕っていました。先生は私をまともな高校生へと導いてくださり、京都の大学へ進学できました。弟も同じ 大学に入学し、なぜいつも一緒なのかと嫌に思ったのが正直なところです。先生の勧めで京都でも少林寺拳法は続けました。その先生は2014(平成26)年 秋に帰らぬ人となり、亡くなる1か月前に電話で聞いた「頑張ってなー、また会おうなー」の声が最後になりました。先日、北岡先生を偲ぶ会に出席し、改めて 師の人望の深さを思い知りました。

京都別院では4年間、故・原田公臣別院長からこまやかな薫陶を受け、社会人の先輩方からもかわいがられました。拳技にとどまらず、人に対する思いやりや責任感、行動力など、社会人の「いろは」やあるべき姿を教えていただき感謝しております。

卒業後は東京住まいの両親を追い、兄弟一緒に警視庁へ入職しました。結婚も私の3か月後に弟が挙式、子供も私の長女は弟の長男と5日違い、と双子の宿命を感じています。

警 視庁では別部署に所属したものの、現場が重なったとき、双子であることを知らない職場の友人たちが、今いた人がどうしてあそこにもいるのかと大騒ぎになっ たことがありました。そのとき、私たちを見た隊長から「お前は幸せだな」と言われ、いつも一緒で嫌だったことが少し自慢へ、「+」へと変わりました。隊長 にはその後も大変お世話になり、人の縁がもたらすすばらしさを感じています。

三宅島勤務のときは、学生時代少林寺拳法を修行した人が4人 もいて、仲間と楽しく2年間を過ごすことができました。島で飼った猫を診てくれた獣医さんとの法縁もありました。その後、福島県で暮らすようになり、福島 県での第一人者、福家祥弘先生に師事させていただき、会津猪苗代道院を開設。福島県ではさまざまな役職を拝命し、間もなく教区長の任期を全うします。現・ 福島県連盟理事長の斎野光樹先生と三宅島の獣医さんが拳友であったことから2年前に再会し、法縁の広さと深さを感じる生涯の思い出となりました。

11年3月の東日本大震災時、私は福島県連盟理事長でした。全国の拳士の皆様からの温情やご協力に接し、感謝・感動で法縁の深さと絆の強さを感じました。心か らお礼・感謝を申し上げます。最近は、兄弟で同じ悩みを語り、兄弟のありがたさを感じます。親に感謝、妻や家族、そして仲間に感謝するばかりです。寡黙 に、信じた道を進んでいきたいと思います。
(会津猪苗代道院 道院長 田中 勝義)

 
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