大学4年間の厳しい修行に励んだことにより、 社会では何事にも挫けない精神力が養っていた

2018/06/28

東海大学OB 佐野晋一氏に聞く

―少林寺拳法との出会いは?

佐野 中学・高校とバスケット部に入部していましたが、高校は大学の付属高校で、体育館は大学と共同で使用していました。ある日、大学の少林寺拳法部の部員が法衣を着て大きな声で挨拶をして体育館に入ってきた時に、あれは何だと驚きました。(当時、少林寺拳法のことは、まったく知らなかった。)これが、少林寺拳法に、興味を持ったきっかけです。

 中学・高校ともに足の怪我に悩まされ部活動は中途半端だったため、大学へ入学したら、勉強も大事だが、最後までやり遂げる部活動に再挑戦したいと思い、続けるには武道しかないと確信しました。(安に、足に負担がかからないと思い!)

 大学に入学後、クラブ活動の勧誘が始まり、校舎前で武道団体(少林寺拳法、空手道、合気道、居合道、躰道‥‥)の演武が始まり、高校時代に気になった少林寺拳法の演武を始めて見て感動し、自分から率先して入部してしまいました。(笑)当時、自分から入部するのは珍しいことでしたから。

―大学時代の少林寺拳法部は、どんな思い出がありますか?

佐野 入部後、1年生は先輩方から優しく指導され、早く帰宅もでき、楽しく少林寺拳法を練習することが出来ました。ところが、1ヶ月が経ち正式入部となった途端、先輩方の態度や練習が急に厳しくなり、精神的に辛くなり部員が半分辞めてしまいました。      

 当時、体育会の中でも色々な面で一番厳しいクラブで、関東では、M大学、H大学と共に三大悪習校と呼ばれていたので、自分自身も非常に辛く、一瞬挫折しましたが、当時の一番厳しい先輩から助言を頂き、何とか1年をやり遂げました。2年生になり後輩が入部してきた時は、自分が1年生の時を振り返り、ただ厳しくするのではなく、将来社会に通用するよう育成しなければならないことを感じました。これは、徐々に自分自身に自信を持ち始めた時であったと思います。

 2年生の時の学園祭では、少林寺拳法部の模擬店の店長を任され、OBの先輩方も来店する中、責任感を叩き込まれました。幹部になるまで、授業では睡魔がかなり襲うが一番前の席に座り、休まずに出席しました。その甲斐あって成績は上ではなかったが、留年しないで卒業することが出来ました。

 3年生の秋には幹部交代となり、主将を務め同期の幹部とともに部員全員の指導に励み、伝統ある少林寺拳法部を守ることができました。

 また、M大、H大との三大学の交流は、大会や合同練習、本部合宿等で会うことが良くあり、整列の基準を取り合ったり、他大学より気合を出したりして、良い意味で競い合っていました。お互いに厳しいクラブで知り合った中で、会が終われば三大学の同期全員で食事に行き、練習と違い、楽しい一時を過ごしました。卒業後も同期会を開催する等、交流があります。ちなみに妻は、明治大学の同期の仲間でした。

―少林寺拳法は、その後の人生や仕事にも影響がありましたか?

佐野 大学で鍛えられた4年間は、辛いこともありましたが、厳しい中で修行に励んだことにより、社会では何事にも挫けない不撓不屈の精神力が養っていました。また、社会人当初は住宅の営業職で、まったく知らない年上の人との対応、住宅を建てそうなお宅への飛び込み訪問等、中高時代では思えない人との対応が恐れず出来ていたことが、少林寺拳法で鍛えた精神と体力で対応できたと思います。今は、営業ではなく技術の部署で総括課長として顧客への対応および部下の指導等を含め、仕事に従事しています。

 中学・高校の部活では中途半端だったため自分自身に自信が持てませんでしたが、大学を卒業して思えたことは、体力、精神面にも辛かったことを乗り越えてきたことにより、社会では自信持って生活できることが出来き、これが「自己確立」であり「生きる力」であると痛感しております。

―現在の近況と、今後の抱負について

佐野 社会人になっても少林寺拳法を継続し道院を設立し、8年半が経過しました。現在、小学生から大学拳法部創成期の大先輩まで幅広く、様々な年代の拳士が修行に励んでいます。

 設立当初は、4人で始め、道場が非常に広く感じていましたが、口コミで拳士が増え、設立地域で少林寺拳法の知名度が挙がり、現在は、倉庫を借用し、拳士全員で毎回畳を敷き修行に励んでいます。

 少年部では、昇級・昇格条件に、聖句から信条までを一つずつ暗記をして、その意味を理解するように指導をしています。この教えを基に、厳しくも楽しい修行により、一人一人全員が、自分自身に自信を持ち、学生は社会に通用できる、社会人は何事にも挫けない人生を送ることができるように指導を行っています。

 厳しい学生少林寺拳法部で「自己確立」を学び、今、道院の指導者や県連事務局長の役職を拝命し、年齢を超えた仲間と、さらに地域の方々と「自他共楽」を実践する楽しみを満喫しております。

 また、私達の家族は、一般財団法人少林寺拳法連盟公認デモンストレーションチームに所属(以下、デモチームと記載)しており、家族3人で演武を披露していますが、デモチームを引退して年をとっても家族で楽しく演武を続け、生涯修行としての少林寺拳法をアピールしてゆきたいと思っています。

(2017年12月9日 静岡県富士市にて)

【佐野晋一氏プロフィール】

1963年(昭和38年)静岡県生。東海大学体育会少林寺拳法部卒業後、故郷で会社勤めをしながら少林寺拳法を継続修行し富士北道院を設立。六段。趣味は、ガーデニング。2009年度より家族3人で、連盟本部公認デモンストレーションチーム所属。静岡県少林寺拳法連盟 事務局長。家族構成:妻(明治大学体育会少林寺拳法部OG、五段)、子1人(2才から道院に通い始め、二段)