vol.11 改革

2010/08/01

aun_m_vol11昭和初期、誕生まもないラジオで「法句経」を講義して大きな反響を得た友松圓諦。「漢文の意味のわからないお経ではなく、わかるお経を伝えたい。わかる仏教、生活に生かせる仏教を」と問題を提起し、仏教ブームを巻き起こした友松。開祖も『少林寺拳法教範』を編纂するにあたり、友松著の『法句経講義』と『これからの寺院』の2冊を参考図書としてあげている。

青年期にどうしても寺を継ぐのが嫌で寺を出ようとしたとき、「坊主が嫌なら、嫌でない坊主になったらどうか。お寺が嫌なら、自分の気のすむようなお寺を自分で建てたらどうか」という母からの手紙を読み、嫌でない坊主になる、自分の気のすむ寺をつくることが、友松の原点、生涯の課題となる。そして友松は、わからない漢訳経典読誦や葬式中心の仏教を批判し、第二次世界大戦後は「僧よ変われ、寺院よ変われ」と、在家仏教運動と寺院革新を指導した。

我々、金剛禅教団も組織機構改革を迫られているが、それは嫌なことをさせられるのではなく、開祖が目指したことを改めて自覚し、本来やらねばならないことをもう一度確実に行うための変革であろう。我々にはまだまだ自分たちの思いどおりの道院をつくる未来、やりたい道院をつくる未来がある。そしてそれは、人間のみに与えられた霊性に気づき、自らの可能性(相依性、潜勢力)を信じ、ダーマを信じ、少しでもよくしていこうと努力を怠らないことにつながる。

変わろうとすれば、必ず変われるというのが金剛禅の教えである。組織改革には機構の改革も必要であるが、最も必要なのは人の意識が変わることであろう。まずは、行という自分の生活体験を基にした布教ができるよう、仏・法・僧の三宝を心の底から信じているという不動の確信に裏打ちされたわかりやすい法話ができるよう、そして相手の心を打つ、相手を教化する法話ができるよう、何よりも、自分の行動で、背中で生きざまを見せることができるよう、そこに法を具現できるようにと、自分に言い聞かせている。

(文/東山忠裕)