日本経済新聞社代表取締役社長 岡田直敏氏に聞く

2015/12/24

すべては人の質にあり。開祖の教えを実感しつつ、激変するメディアビジネスの荒波に立ち向かう。

井上 今回は、日本経済新聞社の代表取締役社長である岡田直敏さんにお話を伺います。岡田さんは東京大学在学中に少林寺拳法部に所属しており、私たちの先輩にあたります。ご存知の通り、日本経済新聞は創刊140周年を迎える全国紙で、特に経済の情報に強いメディアとして知られています。近年は新聞のみならず、テレビ、ラジオ、出版、インターネットと総合的なメディアとして発展しておられます。情報化社会と言われて久しいですが、ネットの普及に伴い、ひとつのニュースが社会に大きく影響を及ぼしかねない昨今、社会的に大きな役割を担っているメディアを率いるリーダーである岡田さんが、少林寺拳法の教えをどのように実践されているか、このテーマを中心にお話をお聞きします。まず少林寺拳法を始めた動機を教えてください。 

岡田 運動は子供の頃から得意で、いろいろなことをやってきました。けれど高校時代は受験勉強ばかりで、一つのことを通してやれる時間がなかったので、大学に入ったらなにか運動をしたいと思っていました。あの当時ブルース・リーの映画が流行っていまして、「ドラゴンへの道」だったかな‥‥すごく感動したのです。ブルース・リーの動きはしなやかで「なんて美しいのだろう」「これはアートだな」と思いました。しかも彼自身が本物の武術の達人で、映画で見た動きもいわゆる作ったものではないと知り、さらに感化されました。それが少林寺拳法部を選んだ一つの理由です。

井上 わかります。いまでもブルース・リーは人気があって、若い人にも熱烈なファンがいると聞きます。

岡田 もう一つは、柔道でも剣道でもそうですが、どんな種目でも子供の頃からやっている人たちとの差は埋めがたいものがあって、大学から始めると追いつかないですよね。だけど当時の少林寺拳法部はみんな初心者ばかりで、ゼロからのスタートでした。だから頑張ればやれるんじゃないか、と。これが大きかったですね。

井上 入部してみていかがでしたか?

岡田 東京大学の少林寺拳法部は和気あいあいとした雰囲気で、とても充実していました。厳しい先輩は多かったけれど、理不尽な上下関係を感じることはありませんでした。みなさん、「いい兄貴」という感じでしたね。

井上 東京大学の少林寺拳法部は、現在もとても雰囲気が良いですね。その中で様々なことを経験し、学ばれたと思いますが、どんなことが印象に残っていますか?

岡田 大学に入るといろいろな付き合いがありますが、少林寺拳法部で一緒に汗を流し、合宿で年間に5回も6回も一緒の釜の飯を食べ、一緒に風呂に入る。そういう中で、部員同士はお互いの弱みまですべてをさらけ出すわけです。そこで培われる人間関係というのはとても濃いものでした。そういう中で、人と深く交わって得られる信頼感を味わいました。人と交わる楽しさ、歓び‥‥これらを実感したことが自分にとってすごく大きかったと思っています。

井上 本部合宿には行かれましたか?

岡田 もちろんです。我々が行った頃は、開祖・宗道臣先生が技を披露されることはなかったのですが、まだまだお元気でしたね。毎年講話をお聞きするのを楽しみにしていました。

井上 間近で見た開祖にどんな印象を持ちましたか?

岡田 とても強い意志を持っていると感じました。また、大きな包容力も感じましたね。カリスマというのはこういう人かな、と思ったものです。若い頃の苛烈な体験、そこで培った度胸‥‥そういったものから生まれる雰囲気に魅了されました。またお話が面白いんです。若い頃の武勇伝から、天下国家を論ずるような話まで、聞いていてワクワクするような話ばかりでした。世界にはカリスマと言われる人がいますが、そういう人の話を聞くといつも宗道臣先生のことを思い出すのです。

井上 では大学を卒業して社会人になってから、少林寺拳法の教えを実感するようなことはありましたか?

岡田 宗道臣先生の教えに、「人、人、人、すべては人の質にあり」とありますね、このことは折に触れて実感しています。とくに歳を重ねて、会社の中での役割が重くなってからは、しみじみと感じますね。といいますのも、新聞社は人が資本です。人が全てと言っていい会社ですから、社員ひとりひとりの能力を最大限に引き出さないといけません。それができるかどうかで会社の競争力が変わってしまいますからね。

井上 人材の育成ということですね。とくに全国紙から発信される情報は良くも悪くも大きな影響力を持ちますから、社員の方一人ひとりが大きな責任を負っておられますものね。

岡田 私も後輩たちに対しては、課題を与えたり、もう一段上の要求をしたりして厳しく鍛えてきました。「こいつはもう少しここを強くしないと使えないな」とか。そういうことを考えて少しずつ負荷をかけるわけです。そんなことをしなくても、そこそこの仕事はできるのかもしれませんけれどもね。私がデスクの時、記者たちは随分とうっとおしく感じていたと思いますよ(笑)。

 井上 上司からの厳しい要求に苦しむことは社会人であれば誰もが経験があると思いますが(笑)、そこで踏ん張ったことが、後々になって有り難かったと思うものですよね。では、岡田さんから見てどんな人が伸びると思いますか。伸びる人とそうでない人の違いがあれば教えてください。

 岡田 「自分の頭で考えることが大事だ」ということです。常に自分の頭で、「これは本当だろうか?」「なぜこうなっているのだろうか?」と、何度でも考える癖をつける。それがすごく大事だと思います。別の言い方をすれば「人の話を鵜呑みにしない」とも言えますね。我々の仕事は人の話を聞いて、ものを調べて原稿を書くわけですけれど、ひとつの話を鵜呑みにしていては、客観的な検証に耐えられる原稿は書けません。一人から話を聞いたら、違う人にも話を聞いてみる。一つ資料を調べたら、さらに別の資料に当たる。そうすることで客観性が高まりますし、深い記事が書けるようになるのだと思います。「誰かがこういうことを言ってましたよ」とか、「ここにこういうことが書いてあります」という人がときどきいますけれど、「それは本当にあなたの考えですか?」と問いたいですね。

 井上 今はインターネットを使えば、資料などはすぐに手に入る時代です。大学生が論文を作成するときにネット上にある既存の論文を丸ごとコピーすることが問題になったりもします。しかし自分自身の頭で考え、悪戦苦闘しながらも思考することを重ねれば、時間はかかっても、それが確かな地力となる。そういう地道な積み重ねが大切だということですね。

 岡田 別の言い方をすれば、「自分の仕事に対して誠実であってほしい」とも言えます。例えば新聞記者ならば、自分が興味を持っている分野なり、取り組みたいテーマがあるはずです。本当に自分が知りたいことを諦めず、粘り強く追い続けることがとても大事だと思うのです。もちろん、最初から自分の望む業務を任されるかというと、そうではありません。それはどの職業でも同じでしょう。けれど、必ずチャンスは訪れます。その時にチャンスをガッチリとつかむために、基本的な取材技術、文章の構成力はもちろん、人脈、経験を積んでおかなくてはいけない。

 井上 だからこそ、いま与えられている仕事に対して、全力で取り組むことが必要だということですね。それが誠実であることだ、と。

 岡田 そうですね。今はつまらなく思える仕事でも、きちっとやっていくことが大事です。どんな仕事であっても、そこから学ぶことはあるはずですから。

 井上 逆の言い方をすれば、必要であるからこそ、与えられているとも言えますよね。若手の頃に様々な経験を積むことで、視野が広がり、対応力もつくわけですね。自分の好きなことだけやることは、経験の幅を狭めているとも言えます。では、ここで岡田さんが考えるトップのあり方、リーダーのあり方についてお聞かせください。リーダーに求められる資質とは、どんなことだとお考えですか。

 岡田 先見性、先を見る力ですね。どうやって道を切り拓いていくのか、自分なりの考え方、ヴィジョンを持つことではないでしょうか。いまメディア、とりわけ新聞という報道機関の在り方が歴史的な転換期に来ています。世界中のメディア企業がどうあるべきかを模索している。だから私も強く意識しているのかもしれませんが、この先、社会はどのように変化していくのか、その時に自分たちはどう対応するべきか、そのためにはどんな準備が必要か? 5年、10年、あるいは20年、30年先に、日本経済新聞社がいまよりもさらに輝いている存在であるためにはどうしたらいいか、と。先を見たいまを考える。そういう視点が大事だと思います。それがたぶんリーダーというか、社長らの使命だと考えています。もちろん、未来を正確に見通すということはとても難しい。それは承知の上です。しかし、そういうことを常に自分のミッションとして考えていくことが大事だと思います。

 井上 岡田さんはじめ経営陣の方が考える会社の方針、ヴィジョンを社員の方々に周知し、理解してもらうことも大切だと思います。そのためにどのようなことをされていますか。

 岡田 当社では大きな経営方針を決める時などに、節目節目で社員説明会をやっています。年に2〜3回、日経ホールに社員を集めて行います。かつては代表取締役がスピーチをするだけだったのですが、いまは社長以外の人間も登壇して、会社の考え方、今後の戦略などを説明しています。同時に若い社員たちにも、自分たちが考える日経の未来について語るなど、情報発信をさせています。また「NIKKEIjiban(ニッケイジバン)」という社内掲示板がありまして、デジタル版ですが、そこで私や役員がどこかでスピーチしたり、誰かに会ったりすると、それがニュースとして流れます。それから様々なレベルでの社員研修、我々がそこに出て行って話すことがあります。かなり社員と接触する機会は多いです。そういうところで色々伝えますし、あとはたまに社員と飲んだりとか。「飲みニケーション」ですね(笑)。そういうことをやっています。

 井上 いいですね。岡田さんのような経営に携わる人と、現場で奮闘している社員の方は、立場が異なりますから、見ているもの感じているものが異なります。異なる立場の者が場を同じくして語り合うことで、違いを理解することができる。違うとわかるからこそ、理解しようと努めることができるわけですから。では、最後に少林寺拳法の拳士、とくにこれから社会に出る高校生や大学生、20代の若い拳士にメッセージをお願いします。

 岡田 これは我が社でも取り組んでいるのですが、「グローバルな人間になってほしい」ということです。私どもは、グローバルな企業に進化しようとしているのですが、それはただ英語を勉強することではなく、グローバルなものの見方ができるということだと考えています。

 井上 「グローバル(Global)」は、文字通りの意味としては「地球全体の」「世界の」というものですね。一般的にはこれまで存在していた国家や地域といった枠組みを超えて、全世界を一つのまとまりとして政治、経済あるいは環境や貧困といった問題を考えることだと理解しています。「視野を広く持ち、世界規模で物事を捉えろ」と、まるで開祖が我々に激励しているようにも思えます。

 岡田 そうかもしれませんね。それは単に知識として国際情勢を詳しく知っているということではなく、世界には自国とは異なる文化があり、自分とは違う思考、価値観、判断基準があると知ること。そして、異なる在り方を尊重するということだと思うのです。それは同時に、「自分たちは何か?」いう問いを発することにもつながりますね。自分自身の在り方、自国の文化‥‥相手の文化も尊重するけれど、自分たちの文化も大事にする。世界を知れば、必ず日本をもっと深く知りたいと思うようになるでしょう。自身を知り、世界を知る。それは自分を大切にし、同じように他も大切にできることです。それこそが本当のグローバル化を実現するために必要なことであり、そういう思考を自然にできる人間にぜひなってほしいですね。

 井上 「半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを」という言葉を開祖は遺していますが、このことを実践するには、《自分とは異なるものを理解すること》が必要ですね。すなわち他人の価値観なり、思考なりを理解すること。そこから始めないといけないと感じています。グローバル化と言いますが、それは身近な他者を理解しようと努めることから土台は作られるのだと思いました。そのような若者を育てるためにも、私たち指導者が手本となる背中を見せなくてはいけないですね。本日は大変勉強になりました。どうもありがとうございました。

(2015年10月5日 東京・日本経済新聞社にて)

 

(岡田直敏氏プロフィール)

昭和28年 宮崎県生まれ 東京大学法学部卒業。昭和51年4月 日本経済新聞社入社。平成22年3月 常務取締役 電子新聞事業/教育事業担当、平成23年3月 東京本社編集局長、平成24年3月 専務取締役 東京本社編集局長、平成26年3月取締役副社長 グローバル事業統括、NAR事業担当などを歴任。平成27年3月 代表取締役社長に就任。平成27年8月以降は、英国フィナンシャルタイムズグループ(FT)買収に伴い、FT事業統括も兼任する。少林寺拳法二段。

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