東レ株式会社代表取締役社長 日覺昭廣氏に聞く 

2015/07/25

意志を貫くためには、徹底的に調べ、学ぶ。
自己確立に通じる姿勢が己を鍛えてきた。

―今回は東レ株式会社の代表取締役社長である日覺昭廣さんにお話を伺います。日覺さんは東京大学少林寺拳法部のOBであり、まさに社会のリーダーのお一人として、経営の最前線に立っておられます。まず、少林寺拳法部に入部したきっかけを教えてください。
日覺 従兄が剛柔流の空手をやっていまして、私も大学に入ったらやりたいと思っていました。でも東京大学には剛柔流の空手道部はなかったのです。それで町道場を探したりしたのですけど、せっかくだから大学の部活動に入って友達をつくりたいなぁ‥‥などと迷っているうちに一年たってしまいました。そして二年生になったとき、新入生歓迎のときに少林寺拳法部の存在を知って入部したのです。
―部活動はいかがでしたか?
日覺 楽しかったですよ。少林寺拳法には、たくさんの技がありますよね。そして理論体系もしっかりしている。更に教えもある。そこがよかったです。私は身体を鍛えるのが好きなので、厳しい練習も苦にはなりませんでしたね。別にスパルタ的なしごきはなかったですし(笑)。大学時代には二段まで取りました。
―開祖にはお会いになりましたか?
日覺 はい。多度津の本部で直接お話を聞きました。そのときは日米関係のお話をされていましたね。日本はアメリカの傘の下で守られているけれど、それでも日本人はアメリカにはっきりと意見を言う必要がある、とかなり強くおっしゃってましたね。「そうなるためには自分を磨く必要があるぞ!」と言われました。
―自己確立ですね。
日覺 そうですね。開祖は「己こそ己の寄るべ」とおっしゃいましたけど、まさにそれですね。この言葉には今でも強く共感します。
―日覺さんもご自身も、企業の一員として活動する中で自分を鍛えてこられたのですね。
日覺 私はもともとはエンジニアですから、設備の改造から工場の立ち上げなどを手がけてきました。で、新しい提案をすると上の人たちから「そんなのは誰かが失敗した」とかいろいろなことを言われました。それで、私は過去の事例を全部調べて、失敗の原因も調べたうえで「今回はこのように改善します」と説明をして、責任も自分が負う、と。そこまでやりましたね。
―徹底していますね。
日覺 やりたいことをやるには、自分も相当努力しないとできない。その意識は若いころから身についていましたね。だから上司や先輩からは煙たがられましたし、よく衝突しましたね。10年間ほど海外勤務がありまして、アメリカやフランスで工場を立ち上げたのですが、社長が来たときなどは、激しく口論になりました(笑)。そういった意味で私は、たまたま今は社長になっているけど、そうでなかったらどこかに飛ばされていてもおかしくなかった。ラッキーだったのかもわかりませんね。
―日覺さんの資質を見抜いてくれた人がいたということなのですね。
日覺 自分の思い描いたことをしっかりやらないと、それこそ死んでも死にきれない。そう思うのです。「私はこう思います」と言って、上司からは「いや、こうせい」と言われて、反論して説得して‥‥最後には上司から「分かった、好きにせい」と言われる(笑)。それでも結果が出たときに、「ああ、日覺くんの言うとおりにしてよかったなぁ」と言われるとホッとしたものです。
―そこは実績が評価されて、(社長に)抜擢されたのですね。
日覺 そうかもしれないですね。単に評論家的にああだ、こうだと言うだけだったら、上も任せきれないですよね。だから今の役職にいても私は徹底的に「現場主義」なのです。
―もう一つ、日覺さんの行動が利己のためではなく、全体のことを考えてのものだったからこそ、評価を得られたのだろうと想像します。
日覺 そうですね。私は入社したときからフォアザカンパニー(For the Company)という考え方でした。そして社会のため、人のため、従業員のため、というのが常にあります。
―自分の利益を求めるのではなく、会社のために行動する。もっといえば社会のため、人のために行動する、ということですね。
日覺 この《フォアザカンパニー》という考え方で、皆が考えることが非常に重要だと考えています。会社が大きくなると、どうしても部門部署のメンツが生まれてしまって、そこからおかしくなるのですね。
―言いかえれば、大局が見えなくなるから、部分的な損得に執着してしまうのですね。
日覺 そこは会社としてどうあるべきかということをベースに考えたら、結論が出るのです。それが出ないというのは、自分の部とか、課とか、場合によっては個人のメンツとかね。「部長がこういうこと言って約束してしまったから」とかね。あるいは「昔はこうだった」とかね。そういうことにとらわれていたら会社は方向を間違います。
―そうですね。
日覺 会社は自分一人で全てができるわけじゃないですね。やはりみんなが一緒の方向に向かってベクトルを合わせることが非常に重要なのです。いくらトップがあれこれ言っても、社員が横を向いていたのでは成果は上がらない。逆に全員が一緒の方向にベクトルを合わせることができると、100億や200億の利益はすぐに変わってくると思うのです。皆のベクトルを合わせるために何が必要かというと、ビジョンをしっかり描くことですね。すなわち長期展望です。我々の会社はどこに向かってどうするんだ、と。
 特に現場の担当者というのは、日々のいろんな出来事があるわけですから。そうすると「木を見て森を見ず」というか、部分的なことにとらわれすぎて、大局を見失ってしまいかねない。
―経営の全体像を俯瞰できるようにするわけですね。
日覺 それを共有化したら、後は各リーダーがそれに沿って、やるべきことをやっていくと。そうするとみんなのベクトルが合ってくる。これがないとなかなか合わないですね。
―長期ビジョン、そして中期目標をどう定めていくか。いわば経営のデザインをどのように考えていくのですか?
日覺 世の中の動き、流れをみる必要があります。世の中がこれから 10年20年でどういう方向に流れていくか? これを議論して方向性をしっかりつかむ、ということです。

―前回はどのように経営のビジョンを作り上げていくのか、というお話でした。
日覺 東レの企業理念は、「新しい価値の創造を通じて社会に貢献する」です。かなり前からいわれていることですが、いずれは化石資源、すなわち石油や天然ガスですが、これらがなくるだろうといわれていますよね。だから省エネルギーとか再生可能エネルギーに関わる方向が重要になってくる。そこに関連して環境問題への取組も重要になってくる。そこで我々は「グリーンイノベーション」と称していますが、省エネルギー、新エネルギーに関する事業をやっていこう、と。
 それで方向性が決まれば、中期課題です。長期ビジョンとは大体10年とか15年先を見て、それを達成するための中期の課題というものを大体3年毎に策定します。3年間のうちにどういう課題を進めるのか、より具体的な取組に落とし込むわけですね。そうやって中期経営課題というものをつくるわけです。
 で、忘れてはならないのが現状の問題です。中長期の計画といまの問題というのは全く別です。いまの問題は、いま徹底的に改善して良くしなくてはいけない。「中長期計画のためにいまは捨てても良い」などということはないのです。
―現在直面している問題から目を逸らすことはない、と。
日覺 そうですね。いまはいまでしっかり利益を上げないと、先のことはできないわけですから。そういう意味で我々は長期の展望と中期の課題といまの問題と、この3つに分けて考えています。長期の展望とそれを達成する中期の課題、そして直面している現在の問題。この3つに分けて徹底的に追及するのです。
 これをやらないと、「いま利益が上がっているから、こっちを どうにかする」とかね。
―経営が横道に逸れてしまうということでしょうか?
日覺 本来の筋が通っていないから、途中で軌道修正を余儀なくされるのです。よく言うじゃないですか、「うまくいかなかったら、原点に戻って」とかね。それは最初から原点を崩しているからなのです。だからこそ基本に忠実に‥‥私はいつも「基本に忠実に、あるべき姿を目指してやるベきことをやる」としきりに言うのです。
―そうですね。基本とは自分自身の在り方を確認する物差しなのですね。だから一時たりとも忘れることはない、と。
日覺 我々は、医薬品、衣料品、航空機、自動車、カーペットなど多岐にわたる分野、用途に対して素材を提供しています。それで昔は「選択と集中ができていない」とかいわれて、だいぶ叩かれました。ただ元を見れば、みんな高分子化学であり、繊維のポリマーの技術なのです。それをたまたま人工腎臓に使ったりとか、炭素繊維にしたりとか、用途はいろいろと使われるだけの話であって、そういう意味では繋がっているわけですよね。現場の技術はいろいろあるけれども、一本通す基礎技術、基礎研究は繋がっている。
―そこが東レの土台、基本なのですね。
日覺 分かりやすい例で申し上げれば、炭素繊維を使ったボーイング787が出たことで、旅客機の世界が変わりましたよね。
―飛行機に乗ると耳がツンとなりますよね。あの耳詰まりや、長時間のフライトによる疲労感が緩和されたと聞いています。
日覺 ボーイング787は東レの炭素繊維を素材として採用しています。これは鉄などよりも遥かに高い強度があるので、従来よりも客室内の気圧を上げることが可能になったのです。湿度も従来は錆や腐食を考慮して低く抑えられていましたが、炭素繊維だったらその必要もない。その結果、気圧や湿度など客室内の状態が、地上のそれに近いのです。だからヨーロッパまで飛んでもぜんぜん疲れないのです。
 あるいは冬の定番となったヒートテックの素材も我が社が供給していますし、それからカーレースの世界でも、1986年からほとんど全部のマシンが炭素繊維を素材としています。それまでは20年間に20人のドライバーが事故で亡くなっていますが、86年以降は20数年で3人しか亡くなっていない。それは炭素繊維が強靭だから、事故を起こしてもドライバーが守られるわけですね。
―自転車でもボディに炭素繊維を採用しているものは、驚くほど軽いですね。
日覺 そうですね。炭素繊維が航空機を変えた。あるいはユニクロのヒートテックが冬の生活を変えた。素材が変わることでダイナミックな変化が社会に生まれるわけです。だから素材には社会を変える力があると、社員には常に言っています。みんなが素材メーカーとして誇りを持てるようにね。
―そういうこともモチベーションの維持・向上やベクトルを合わせることに重要なのですね。
日覺 東洋レーヨンという会社は、創業当時から「東洋レーヨンは社会に奉仕する」が社是だったのです。これをアメリカとか欧米の投資家に説明したらね、「なにを考えているのだ?」「御社は福祉団体か?」と言われました(笑)。それで「新しい価値の創造を通じて社会に貢献する」という言い方に変えたのですけど。まぁ基本的には一緒ですよね。
―そこは欧米流の考えとは明確に異なるのですね。
日覺 やはり、いまはアメリカ流の金融資本主義的な考え方が主流ですが、そうではなくて、従業員を大事にする。人を大事にするということですね。東レは「社員の首は切らない」ということを基本としてずーっといままで続けてきた会社です。その代わり、給料はいちばん高いというわけではないですけど(笑)。
―そうですか。たしか出光興産の創業者である出光佐三氏も同じことを言っておられたと記憶しています。日本が古くから大切にしてきた価値観が、こちらでも生きておられるのだと感銘をうけました。
最後に、会報少林寺拳法の読者、とりわけ若い拳士に対してメッセージをお願いします。
日覺 「人生は一回しかないんだから、やりたいことをやらないといけないよ」と社員にもよく言います。そのためには、口先だけ評論家みたいなことを言っていてもダメで、芯になる考え方をしっかりと持つ必要がある。そして自分のやりたいことに関しては、徹底的に調べて、勉強して、周りを説得して、そして責任は取る。そこまでやらないと実現できない。やっぱり信じるところをやって自分の足跡を残す。そういう気概を以て、事にあたって欲しいですね。
―いま日覺さんがおっしゃったことは、まさに自己確立であり、「己こそ己の寄るべ」だと思いました。どの分野にも通用する大切なこと。事を成すための基本、土台と言ってもよいと思いました。たいへん勉強になりました。どうもありがとうございました。
(2015年5月11日 東レ株式会社にて)

真を求め〜7月号写真

日覺昭廣氏プロフィール
1949(昭和24)年兵庫県生まれ。71年東京大学工学部卒業、73年東京大学大学院工学系研究科・産業機械工学修士課程修了後、東レに入社。その後、工務第2部長、エンジニアリング部門長、水処理事業本部長などを経て、2007年6月に副社長、2010年6月に社長に就任した。大学時代は少林寺拳法部に所属。少林寺拳法二段。