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vol.17 自分の前に道はなく、後ろに道ができる

2011/08/01

画家、彫刻家であり詩人の高村光太郎の詩に、「僕の前に道はない 僕の後ろに道は出来る ああ自然よ 父よ」という有名な一節がある。彫刻家光雲の子として、その作風や生き様を見てきたはずの芸術家光太郎の呻きにも似た詩であるが、この一節は道というものを考えるうえで核心をついている。また昔、ある先達から「親の生きた知恵の上に子供が人生を上積みできたら世界中平和になっている」と教えられた。人は生まれたときに大脳がリセットされていて、育つ環境下の経験によって成長するというのだ。

道とはその人の生き様そのものであり、過ぎてみて初めて実績として表れるものである。だからこそ自分の前に道はなく、後ろに道ができる。しかし情報が溢れている現代では、簡単に道という概念を認識することができる。例えば、高遠なところでいえば、聖書や四書五経や仏教経典を学ぶことによって知ることができるし、身近なところではテレビや書籍から古今の偉人の道を辿ることもできる。そのために労せずしてその道を歩んでいるかのような錯覚をしてしまうのが現在の風潮である。しかしそれはあくまで「守」の段階であり、自分の道とはいえない。

憂慮すべきは、それぞれの時代で移ろうマジョリティの価値基準に安易に迎合することや、情報を統計処理したものを至上のごとくに判断し行動することである。会社経営や国家運営のおおまかな方向を判断する手段としては必要なことではあるが、芸術や金剛禅のような絶対の道を考えるうえでは、このマジョリティや統計的データは必ずしも適格ではない。それらには、それぞれの私利私欲や体制による作為的な情報が含まれている場合が多いからである。

禅の始祖の達磨が説いた二入四行論というのがある。物事を為すには理入と行入があるというのであるが、理で悟った釈迦はなく、行なき達磨は存在しない。いずれも、わが身を挺して修証している。従って、理は必要ではあるが、より重きを置いている四行を説いた。更に、達磨から後の時代になって、知識に優れていることに自信を持っていたある僧が、師から「何でもわかっているそうだが、お前の父母が生まれる以前の自分を説明せよ」と問われて返答できず、以降、その公案を携えて修行三昧の後に悟りを開いたという話がある。理に過ぎては錯綜し混乱するだけであり、行の裏付けのない道はありえない。

人が道を問うとき、他益を優先すべきであって、子孫や国のためにそれが天命と感じたときにその人に道が認識できる。だからこそ「道は天より生じる」のであって、我から生じるのは邪道である。

篤農家二宮尊徳がこういう道歌を詠んでいる。「この秋は雨か嵐か知らねども 今日の努めの田草とるなり」。自然の道理を知り尽くし報いを求めない尊徳の道人たる所以である。また、仁王禅の鈴木正三も世法即仏法といい「武家は武にして工夫をなし、農家は農にして工夫をなし、商家は商にして工夫をなす」。武士は国のために命を捨て、農家は一鍬一鍬に幾百千の命を念じ、商売は仕入れと顧客に利を分かつことを思う。この工夫の過程が道なのである。私心を離れ、隣人、両親、会社、国、神に誠を尽くすのが道であり、その徳目が礼、孝、忠、義、仁なのである。脚下を照顧し、済生利人のために、一所懸命生きることそのものが、その人の道になる。

(姫路白浜道院 山田正文道院長)

道では
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