Vol.137 極限状態で見出した人の可能性
2026/08/01
合掌
8月になりました。先月末には本山開放行事を開催し、100名近い拳士、保護者、法縁関係者の皆様に本山へお越しいただきました。厳しい暑さの中ではありましたが、各地の道院で世代を越えて交流し、共に学び、笑顔で過ごす姿に、人と人とのつながりの大切さをあらためて感じました。
今月は、私たち日本人にとって、戦争の悲惨さと平和の尊さを心に刻む月です。今日の平和で豊かな暮らしは、戦争によって命を失った方々や、困難な時代を生き抜き、戦後の復興に力を尽くした方々の犠牲と努力の上に成り立っています。8月15日をはじめ、それぞれの機会に手を合わせ、先人たちへの感謝と、二度と戦争を繰り返さないという思いを新たにしたいものです。
開祖は、戦前・戦中の極限状態における人間の姿を目の当たりにしました。社会を支えていた思想や制度が崩れ、人々が自らの利益や生存を優先するような状況において、開祖は次のように述べています。
「そのようなときにおいても、教養のためか、それとも修養の結果か、あるいは性格的なものなのかわからないけれども、自分の欲望を押さえることのできるのもいたし、なかには自分の犠牲において他のために役立とうとするものもたしかにいた」
この「たしかにいた」という言葉には、人間に対する開祖の確信が込められています。どれほど困難な状況にあっても、自らの欲望を律し、他者を思いやり、誰かのために行動できる可能性が、人間には備わっているという確信です。そして、その可能性を引き出し、育てていくことこそが、少林寺拳法による「人づくり」の原点なのだと思います。
平和は、遠いところにある理想ではありません。困っている人に寄り添うこと、見て見ぬふりをせず声をかけること、自分にできる範囲で力を貸すこと。そのような小さな行いの積み重ねによって信頼関係が生まれ、人と人とが助け合える社会がつくられていきます。
私たちは日々の修行を通して、自らを律する力と、他者のために行動する勇気を養っています。一人ひとりが、開祖の見いだした「たしかにいた」人となり、自分の周りに助け合いと信頼の輪を広げていきましょう。その積み重ねが、家庭を和やかにし、地域を安心できるものとし、平和で豊かな社会を実現する確かな力となります。
猛暑厳しき折、熱中症には十分注意し、休養と水分補給を心がけながら、今月も身心を整え、修練に励んでまいりましょう。
合掌再拝

