vol.19 滋賀近江道院 道院長 車戸康人

2011/11/26

自ら楽しむ!指導者の熱意はダイレクトに伝わる
滋賀近江道院 道院長 車戸康人

大導師・准範士六段、472期生。1973年12月、滋賀県生まれ。88年、滋賀山東道院に入門。92年、地元高校卒業後、イビデン(株)に1年間勤め退 職する。93年、日本少林寺武道専門学校(現・専門学校禅林学園)に入学。師範科2年間を卒業後、さらに自己を磨くべく高等師範科に進学し、師範科とあわ せて3年間を本部で過ごす。卒業後、帰郷し、株式会社明豊建設に入社。地元ですぐに人を集め、96年、滋賀近江支部道場を設立。後に道院に移行する。現 在、滋賀武専の代表教務を務めながら道院運営を行う。

滋賀近江道院 道院長 車戸康人

aun_genki_vol4_02道院長になろうと思ったきっかけは?
師範科を卒業する年には、連盟本部の先生からケニアに行かないかとお誘いを受け、少し悩んだこともありました。しかし、地元の師匠が本部に来られた際に「早く帰ってきて地元で道院を開け。地元を活気づけろ」と言われ、その言葉に思わず、「分かりました。その代わりもう1年だけ本部で修行させてください。帰ったら必ず道院を出します」と勢いだけで誓ってしまいました。なので、残りの1年はがむしゃらに稽古しました。

 
aun_genki_vol4_03道院での指導方針や指導法の工夫を教えてください。
もうとにかく自分が楽しく指導することです。一時期、仕事も家庭もばたばたしていて気持ちが抜けていた時があり、気付けば門下生が10人くらい減っていたことがありました。指導者の熱意がダイレクトに門下生に通じていることが分かり、それからはどんなに疲れていても、本部の先生に教わった「帯は心に締めるんだ」の言葉を思い出し、指導の場に出るようにしています。

指導法としては、私の得意技である“褒め殺し”です。今では道院の幹部みんなが使いこなし、誰かの技がスパッと極れば、あちこちから「うまい!」「さすが!」「天才!」と聞こえてくるほどです。それでも天狗になるような子はいないんですよ。

最初は厳しく怒ってばかりの時期もありましたが、褒めて伸ばす方がお互い気持ちがいいんですよ。

 
道院長になって出会った感動のエピソードをお聞かせください。
一から始めて育てた門下生が黒帯をとった時の笑顔を見て、猛烈に感動しました。そのことを本部に帰った時に川島先生に報告したら一言、「道院長冥利に尽きるな」と言ってくださって、他人の幸せが自分の幸せに感じられるという開祖の言葉を実感しました。他にも、山崎先生や新井先生がおっしゃっていた言葉の意味が、練習中ではなく仕事中にぱっと気付いたりすることがいまだにあります。そして、仕事中に気付いたことによって技術が進化したこともありました。卒業して何年もたつのにジャブがじわじわ効いてくる感じですね。

特に山崎先生にいただいた言葉に、「窮則変、変則通、通則久」というのがありますが、座右の銘にして法話でも使わせていただいています。他にも、道研にて「道院長は楽しいですか」と言われたことがあります。下を向いて歩いている時に山崎先生がかけてくださった言葉ですが、私がしょげて「今ちょっと仕事が忙しくて……」と言うか言わないかの早さで「楽しいよね」と一言……私も「あっ、はい」とつられて……。後で考えたら、「お前は道院長だぞ、師家(開祖)の代行者ということを忘れるなよ。どんなときでも胸を張れ!」とおっしゃっていただいた気がして、初心にもどることができました。道院長をやらなかったらそんな成長はなかったと思います。

 
aun_genki_vol4_04道院長として、今後挑戦したいことや夢はありますか?
私が経験した少林寺拳法のすばらしさをもっと深く伝えたいです。もちろん、自己を磨くことも忘れずに、とにかく謙虚に生きたいです。そして同じような志をもった方が道院長を目指してくれると最高ですね。

 

 
aun_genki_vol4_05最後に、将来指導者を目指す全国の拳士へエールをお願いします。
私みたいな何のとりえのないものでも、周りの頭脳明晰な副道院長をはじめとする年上のすぐれた幹部に支えられていい人生を送っています。一人では不安でも、仲間が集まれば何でもできる気がします。思い立ったら先ず行動してみてください。きっと人生にプラスになると思います。