Vol.22 こんなの、おかしい

2015/10/15

「もし、開祖(宗道臣)がご存命なら、この事態を何とおっしゃられるでしょうか」

現政権が昨年の7月に、従来の憲法解釈を変更して、現行憲法下でも集団的自衛権は行使可能であるという閣議決定以来、賛否渦巻く中、今年5月、またまた閣議決定を経て国会審議に付された、いわゆる「安保法制」のことです。私が、少林寺拳法の若手指導者の一人から、このように尋ねられたのは、6月半ばのことでした。すでにこの「安保関連法案」は衆議院の特別委員会で審議中でしたが、その質疑に立つ首相はじめ関係閣僚の答弁や態度がちぐはぐで、しばしば物議を醸したのと、64日に開かれた衆議院「憲法審査会」の参考人質疑の席で、公述人の憲法学者と与党推薦者を含めた全員が、この「安保法案」は憲法違反であると述べたこともあり、この法案の是非を巡って世論は沸き立っていたのです。

少林寺拳法の拳士でも、宗道臣の人となり、もしくは講話になじんだ人なら、冒頭のような疑問は起きることもなかったはずです。宗道臣は、晩年の十余年というもの、「一見平和なこの国の底の底に、戦前に回帰しようとするきな臭い動きがある」と、今の事態を予見したかのように、警鐘を鳴らし続けていたからです(本コラム第7回「軍靴の音(戦争の足音)が聞こえる」参照)。

宗道臣の行動原理の根底にあったのは、世の不正、不条理を直視し、それを糾(ただ)そうとする強い意志だったと私は考えています。「そんなの、おかしい」「このままでいいのか」。このままでいいはずがないから、「何とかしなくちゃ」となり、だから「何とかしよう」という行動が生まれます。その願いと行動から、少林寺拳法が生まれるのです。

宗道臣は言います。「戦後の平和憲法を改正しようとする動きがある。もう一度、天皇を神様にして、日本民族の幸せだけを考えようなんて連中が、現に今、どんどん頭を持ち上げ出している。で、こんな連中が大勢を占めていったらどうなる? それぞれの国で、それぞれの国民が同様の状況を許していったらどういうことになる?」「普通の人間に芽生える思いには国境などない。自分にとって悲しいことは、あの人たちにとっても悲しいことだという――この単純な道理、分かろうとしてみろよ」。7386日の、大学少林寺拳法部の本部合宿での講話です。

今から42年前、私は本部の講堂の最前列で、この講話を聴いています。7586日、広島に原爆が投下された日でしたから、3時間近く、言葉を尽くして戦争の悲惨を説く宗道臣の言葉一つ一つがいっそう胸にしみ、深くうなずいたものです。

そして、「安保関連法案」が成立した今、冒頭の、「開祖なら、この事態をどう思うだろうか」という問いに、「開祖は、こんなの、おかしいと言ったと私は思う。そして、私もやっぱり、こんなの、おかしいと思う」と、改めて答えることにしています。

鈴木義孝

1930(昭和5)年、兵庫県神戸市に生まれる。大谷大学文学部卒業、姫路獨協大学大学院修士課程修了。16年間の中学・高校教員生活を経て、69年より 81年まで、金剛禅総本山少林寺、社団法人日本少林寺拳法連盟、日本少林寺武道専門学校の各事務局長を歴任。金剛禅総本山少林寺元代表。現在、一般社団法 人SHORINJI KEMPO UNITY顧問。194期・大法師・大範士・九段。

鈴木義孝