Vol.25 何しに行ってきた⁉︎︎

2016/01/15

 もう半世紀も前のある日のことでした。

 宗道臣管長(開祖の当時の役職)に、京都の拳士から直訴の電話がありました。道院名と氏名を名乗ったうえで、自分は三年前に入門して以来、毎週三日の練習には欠かさず出席していること、最近、別の道院に通っている友人に出会ったら、現在三段受験の準備をしていると言っていたこと、彼とほぼ同じころ少林寺拳法に入門した自分は、まだ1級であること、初段はいつごろ受験させてもらえるのか尋ねても、道院長は取り合ってくれないことなど、途切れ途切れに行きつ戻りつの訴えだったといいます。

 宗道臣管長から事の次第を聞いて、私は早速その道院の諸手続きを調べました。全ての道院長は、在籍する所属拳士の氏名・年齢・資格・出欠・会費の納入状況などを記載した「月例報告書」を本山・本部に提出することが義務付けられています。そのほかに、入門や昇級・昇段などの手続きも必要です。宗道臣は、少林寺拳法創始の最初期から、これら諸手続の様式を定め、全ての所属長に守らせました。何よりそれは、所属する拳士の現況を整理し、把握したうえで、彼らの更なる進歩成長のために必須だと考えたからです。

 当該道院の「月例報告書」は、一応滞りなく提出されてはいました。しかし、有段者が少ないのです。在籍40余名のうち、五段の道院長はともかく、三段の助教が一人だけ。ほかは全て級拳士と見習い拳士。設立後10数年歴の道院としては、いかにもいびつです。

 私は管長に申し出て、現地調査に出かけました。一番に電話の本人に会い、じっくり事情を聞きました。私が何よりも驚いたのは、彼が「少林寺拳法科目表」を持っていなかったことです。有段者用はおろか、級拳士用さえもです。いや、「科目表」の存在すら知らなかったのです。更に、いつごろ初段を受験できるかという質問に、道院長から、「すると何か、お前は初段に合格する自信があるとでもいうのか」と言われたといいます。私は呆れるのを通り越して、猛烈に腹が立ちました。「科目表」こそ、少林寺拳法独自の「教育システム」の根幹です。どんなことを、どれくらいの時間をかけて習うのか、昇格の手順や方法はどうかなどなど、人づくりに懸けた宗道臣の志がいっぱい詰まっているのです。私はその足で、当の道院長に会って糾しました。長丁場のやり取りのあとで、彼はようやく非を認めました。そして、「管長先生には本当に申し訳ないことをした。深くお詫びする。今後は心を入れ替え、新たな覚悟でやり直す」旨の「誓約書」を書き、私に託したのです。

 新米事務局長だった私は、意気揚々と本山へ引き揚げました。説得は果たしたし、詫び状(?)も書かせたと…。宗道臣管長に報告して「誓約書」を手渡しました。宗道臣は一読するや、「君は、何しに行ってきたんだ!?」。

何を叱られているのか見当もつきません(エッ……。ソレナニ……状態)。宗道臣は言います。「これのどこにも“管長”への詫びはあるが、“拳士”に対して申し訳なかったとは、どこにもないじゃないか。誓約する相手を間違えとる。まるで分かっとらん。こんなもの、受け取ってくる君もだぞ!」。ひと言もありません。ちなみに、私はその場から京都へ取って返したものでした。

鈴木義孝

1930(昭和5)年、兵庫県神戸市に生まれる。大谷大学文学部卒業、姫路獨協大学大学院修士課程修了。16年間の中学・高校教員生活を経て、69年より 81年まで、金剛禅総本山少林寺、社団法人日本少林寺拳法連盟、日本少林寺武道専門学校の各事務局長を歴任。金剛禅総本山少林寺元代表。現在、一般社団法 人SHORINJI KEMPO UNITY顧問。194期・大法師・大範士・九段。

鈴木義孝