vol.71 川崎稲田道院 道院長 綾邊和彦

2020/07/01

川崎稲田道院 道院長 綾邊和彦

生年月日:1969年4月8日

出身地:東京都世田谷区生まれ川崎市育ち

学歴:高校卒業後、写真専門学校中退

(専門学校の在学中に父の仕事の手伝いで北京に居住)

職業:自営業(フリーランスフォトグラファー)

大導師 准範士 六段 380期生 (川崎稲田道院道院長)

川崎稲田道院 道院長 綾邊和彦

自由を謳歌している

私には二人の師がいます。「道院長になるも、ならないもお前が決めれば良い。お前の自由だ」とのお言葉をくださり、公私共にお世話になった川崎柿生道院、諏佐一義道院長。もう一人は「少林寺拳法の目的は指導者作り、四段を取ったということはその準備ができたということですよ」とのお言葉を頂き、教えの深みを教えてくださった川崎生田道院の岩田章三道院長です。この二人の師により、私は育てて頂きました。この自由と指導者づくりという言葉の重み。その重みを感じながらも今、その自由を謳歌しています。

大人に求められる道院づくり

一般の社会生活を送っている、大人の方に求められるような道院にすることが私の目標です。

そのため、ほかの道院からの転籍拳士や入門された大人の方が継続でき、生活に活かせるように心がけています。特に大人で入門される方は、当道院で初めて金剛禅や少林寺拳法に触れるので、その方達が理解して継続できるように心がけています。具体的には、教学や鎮魂行の時間は易筋行と同じくらいの時間をとり指導しています。それは、教学や鎮魂行は、易筋行と同じくらい重要な修行であって、易筋行には「体の準備運動」が必要なように、鎮魂行に入る前には「こころの準備運動」が必要だと考えているからです。

法縁で成り立った道院

居住地にはすでに道院があったので、新しい地域で住居兼専有道場を探しました。当初は条件に合う物件もなく、また資金の面で苦労しましたが、ご縁があり今の物件を見つけ道院を設立することができました。

道院の設立場所は初めて住んだ地域なので、もちろん知り合いもなく、初めはどのように運営しようかと悩みました。しかし、開いてみると思いもよらない地域外からの問い合わせや、仕事関係で知り合った中学校少林寺拳法部の拳士が成人して出会ったり、1度転勤した拳士が再び所属してくれたりと、現在の門信徒は県外、区外の人が7割という面白い構成になりました。

そして、ほぼ全ての拳士がHPを見て入門、転籍してくれたと言うことも今の時代を表していると思います。

そして、忘れられないエピソードは、道院を設立して初めての入門式です。

入門式の前日が大雨で、道院の天井から滝のような雨漏りがありました。本尊から掛け軸、教典、入門者に渡す教材、全て濡れてしまい、夜中にそれら全てを必死に乾かし、何とか無事に入門式を終えることができました。今となっては良い思い出です。

「本当の強さ」を持った人を育てる

世界的に新型コロナウイルス感染が拡大し、社会が大混乱しています。これからは生活全てが大変な時代に入り、まさしく常識が180度変わるような変化によって、開祖宗道臣先生が体験された、戦後に勝るとも劣らない時代が来る可能性も否定できません。

このような時代だからこそ「本当の強さ」を目指す私達の活動と共に一般社会に求めれられる金剛禅の教えが必要だと思います。その金剛禅の教えを体と心の羅針盤とし、修行することが大切だと思います。

道院長になった当初は、自分の師を追う形で始めましたが、やがてできることは自分のやり方だけだと気づきました。今はそういった気づきを重視し実行しています。すると次第に多くの縁が結ばれ、自由をより謳歌できるようになりました。

指導者を目指されている方、是非一緒に金剛禅の布教者になり、これからの時代に必要な「本当の強さ」を持った人づくりを一緒に行ってまいりましょう!!